フランク永井の親友であったアイ・ジョージの歌もイイ

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 アイ・ジョージといえば「ガラスのジョニー」「赤いグラス」がぱっと思いつく。しかし、彼の歌の基本はやはりラテンがぴったりである。「マラゲーニヤ」はその代表であろう。このアイ・ジョージはフランク永井とは米軍キャンプで共にジャズを歌っているころからの大親友であった。
 フランク永井の数少ないライブLPの一つである「魅惑のオン・ステージ」(1976:SJX-10144)で、アイ・ジョージとの交流を語り「商売がたき」などと親友ならではの悪態をたたきながら専属バンドである浜田清とフランクス・ナインの演奏で「赤いグラス」を歌っているが印象的だ。
 この名曲はその後もファンからのリクエストが多かったこともあるほどのもので、フルバンドで、松尾和子とデュエットしている。いまや男女二人で歌うカラオケの定番のひとつにもなっている。LP「魅惑のゴールデン・デュエット」(1978:SJX-20046)で発売され、近年にCD化されている(VICL-63067)。このCDはコロンビアファミリークラブからも今年「新発売」として紹介されている。
 アイ・ジョージは戸籍名である石松譲治から単に英語名にしたものであるが、米軍キャンプ時代は先のフランク永井の紹介にあるように「ハリー黒田」と呼ばれているのだが、これはジャズやラテンなど外国人を相手に外国語曲を歌うときの名前で、日本語の歌を歌うときは歌手「黒田春夫」であった。
 フランク永井は1955(S30)年のビクター・デビューだが、アイ・ジョージはそれより2年前にテイチクからすでにデビューしている。しかし、レコードはあまり売れずにレコード会社からも離れもとの流しやキャンプ回りを続けている。その後当時有名なロス・パンチョスらとの縁をつくり彼の歌の実力が認められていき、再度テイチクからアイ・ジョージで歌うようになる。
 この当時もフランク永井と大阪労音などでいっしょに活躍している。大阪ものは言うまでもなく、フランク永井は得意分野。その大きな素地となったのがこのときの活動である。「こいさんのラブ・コール」「大阪ぐらし」「大阪ろまん」などのヒットを支えたのだ。この作詞家である石浜恒夫は、同じく大阪労音で人気を保つアイ・ジョージに書いたのが「硝子のジョニー」である。
 ちなみにこの「硝子のジョニー」はアイ・ジョージの作曲である。フランク永井はこの曲もカバーしていると聞くが残念ながら音源は残されていない。
 アイ・ジョージは労音で「戦友」を歌っている。この「軍歌」が当時の時代ではベトナム戦争反対の反戦歌として歌われていたのだ。この曲を歌うアイ・ジョージの歌唱はすばらしい。古川益雄の編曲もよかった。古川は確かアイ・ジョージの労音での演奏バンドのリーダーのひとりであったと思う。「戦友」は戦友、友を想う心情がみごとに歌われているもので、フランク永井もカバーしている。10巻全集(1975:SJX-8022~)に収録されている。
 アイ・ジョージの歌は聴けば分かるが、絶対に手抜きのできない歌い方をしていた。カーネギー・ホール公演を日本人ではじめて成し遂げた実力者だ。LP「アイ・ジョージ・アット・労音」をひっぱりだして、針をおとして思いにふける。数年前に「彼はロスに住んでいて元気にしている」と聞いたが、飲み友達の話なので確証はない。近年彼の姿をTVで観ることはないが、昭和史をかざるすばらしい歌唱の持ち主であったことは間違いない。

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このページは、文四郎が2013年3月 2日 17:24に書いたブログ記事です。

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