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 もちろんだが、このようなCD-BOXは発売されていません。
 2016年の2月に「懐かしのフランク永井シングル全集」というのが発売されました。これは正式にリリースされたシングル盤およそ250枚の、A面でフランク永井が歌った曲をCD10枚、215曲を収録したものです。
 フランク永井は永眠されたのが2008年だが、実質舞台から消えのは1985年、およそ40年近く前になります。当然ですが、ファン層もそのときから、すでに40年歳をとりました。
 だから、2016年のA面全集はある意味でフランク永井の集大成のようなものだったのではないでしょうか。
 だが、私は一ファンとしてこれを手に取ってみて、そうしたレコード会社の取り組みには感謝したものの、取り上げられなかったB面の曲が日の目を見なかったことに、残念に思ったのです。
 あれからずいぶん経ちましたが、今回改めて、とりのこされた曲について、調べてみようと思いました。
 そして、ファンの妄想としてですが、残された曲を仮称「B面全集」という形で、いや形式はこだわる理由はないのですが、そのような企画での製品が出てもいいのではないか、と思った次第です。
 今回は、このA面全集で、何故か取り上げられなかった曲を紹介します。
 正式なリリース盤とはどう規定するのだろうか。私はデータブックを作る際に、正式に発売されたシングル盤について、ABに曲であること。SP盤はVシリーズ、EP盤のモノラルはVSシリーズ、ステレオ盤はSVシリーズとしていました。なお洋楽はSPではAシリーズ、EPではAS、PVシリーズ。さらに、リプリーズ・レコードのJETシリーズです。
 実際の製品を見てみると、例外的にコンパクト・ダブル(4曲入りSVCシリーズ)、地方観光協会などとの提携で製作したMVシリーズからの曲も使われています。「ねむの木」「ラブ・レター」「瀬戸内ブルース」です。
 「おまえに」は2度リリースされていますが、初回はB面ですが、以後のものはA面です。そして、音源が同一ものとして2回目のものを採用しています。
 「3回目も新たに吹込みした」という話題も当時あったようですが、ここでは否定されています。
 そして、リリースされた盤でA面でありながら、入っていないのはないのかという疑問ですが、やはり存在します。
 それは、写真でかかげましたが、つぎの曲です。
 まずSP盤「無敵の町」と「花売り娘とギター弾き」。EP盤「ムーンライト・イン・横浜」「思い出のレコード」です。そして、洋楽ですが、写真にあげましたが「戦場の恋」「勇者のみ」「アイル・リメンバー・トウナイト」。
 この7枚はなぜA面から漏れたのでしょうか。洋楽3枚は、洋楽だからということで、意図的に外したかもしれませんが、それ以外は根拠が不明です。
 さて、上記で私が既定したリリーズ盤で、主にB面ですが、A面全集に載らなかった曲はどれほどあったかと言うと、153曲ほどあります。
 この漏れたB面の曲をすべて含んで、他にフランク永井が歌ったもので、いまだデジタル化されていない曲とか、これはどうしても取り上げてみたいというオムニバス版やテープ(8トラックも含めて)曲を網羅した、仮称「B面全集」の企画はいかがでしょうか。

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 9月25日、日立市民会館で開催されました。"みんなで語り、みんなで歌おう~後世に伝える「愛と生きる力」"というテーマで開催されました。
 ブログで紹介しましたが、私は催しを知ったのが遅く、参加はあきらめていたのですが、開催日直前にある事情でチケットが確保できて、当日現地に飛んだ次第です。
 主催の日立市、吉田正記念事業推進委員会によれば、4000人を超す応募があり、抽選で千人に入場していただいたとのことでした。
 さて、催しはどうだったのか。
 2部制で、最初は「みんなで語ろう」ということでした。かみね公園の頂上にそびえたつ吉田正音楽記念館の職員7名のメンバーで構成される「記念館ファイブ」(サックス、チェロ、キーボード、木琴、三味線)による演奏ではじまりました。
 「いつでも夢を」「東京ナイトクラブ」「異国の丘」
 司会は宮本隆治アナ。続いて、主催者と当日の出演者全員勢ぞろいして「吉田先生クイズ」。恩師吉田正の功績、人柄などが語られました。
 「茨城県常磐線の駅で流れる出発メロディー」「生誕の地石碑の場所」「生家の職業」などがクイズ形式で紹介されました。
 第一部は、こんな感じでのトーク中心で以外に時間が取られました。宮本さんも主演の橋幸夫も、話し始めたらサービス精神が破裂してしまう人柄です。
 第2部はいよいよお待ちかねの「みんなで歌おう」。おかゆが登場し、吉田正門下生だった古都清乃の「和歌山ブルース」、そして自分の作詞・作曲による「赤いひまわり」を披露しました。
 さすがに、おかゆのメリハリある歌唱力で、観客から盛大な拍手。
 次に、辰巳ゆうとの登場。吉田正の親友ともいうべき鶴田浩二の「街のサンドウィッチマン」を歌い、続けて現在彼の売り出し中の「雪月花」を熱唱しました。
 こうした催しでは常に見る光景ですが、歌手のファンクラブの方々が何人も来場しています。同じTシャツや袢纏を着て声援を送っています。
 おかゆも、辰巳も現在売り出し中で、ファン層の熱意を感じました。
 次に、橋幸夫と三田明がそろって登場。これから、二人で15曲を交互に歌い上げました。
 「潮来笠」「美しい十代」「おまえに(三田)」「有楽町で逢いましょう(橋)」「再会(三田)」「弁天小僧(三田)」「子連れ狼(橋・日立市少年少女合唱団)「裕子の涙」「白い制服」「赤いブラウス」「青いセーター」「恋をするなら」「恋のメキシカン・ロック」「お譲吉三(三田)」「磯節源太」
 「弁天小僧」は三浦洸一の作品。ここで三浦洸一からの手紙が紹介され、花束が届けられたことを紹介されました。
 三浦は現在94歳でさすがに舞台に登場は難しくなっているとのこと。しかしご本人は発声練習は続けているとでした。
 最後に全出場者で「いつでも夢を」を合唱して幕を閉じました。
 橋幸夫は来年5月で80歳になることを、ひとつの区切りにして現役から引くことを宣言しています。恩師吉田正との関係でのこの度の開催には、最後の彼なりの思いを込めた出演だったようです。大変ご苦労様でした。
 なお、当日の様子は本日の茨木新聞で写真入りで大きく紹介されています。

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 私がフランク永井の歌のうまさに惚れたのは、ずいぶんと前になります。学校を出て川崎の大手工場に勤務していました。寮生活です。友人が指で音頭をとりながら、この歌知っているかと聞いてきました。
 それが流行中の「有楽町で逢いましょう」。大好きだよと応えて、楽しい論議に花が咲いたのを記憶しています。友人は阿久津君と言うのですが、今どうしているやら気になります。
 フランク永井のソフトな歌声、恩師吉田正の何ともあか抜けた都会調のメロディー。ラジオから流れる曲には、当時アナウンサーが「佐伯孝夫作詞、吉田正作曲、歌うのはフランク永井...」と、必ず紹介がありました。
 他の歌手の曲ももちろん聞いてきましたが、自分の感性にあうのはフランク永井でした。
 EP盤やソノシート盤を買い、ポータブルのプレーヤを買い、外に遊びに出かけて、仲間と聞くのが好きでした。
 そのフランク永井は長らく昭和歌謡のリーダーを務めていましたが、1985年にみんながご承知の事件を起こして、突然舞台から降りたのはショックでした。
 復帰を熱望したものの2008年10月惜しまれて永眠しました。
 レコードは「いつでも手に入るもの」と思っていて、当時は気にすることがなかったのですが、訃報をきっかけに、きちんとデータ化しなければという気になりました。
 真っ先に考えたのは、手持ちは何で、何がないのだろうということでした。つまり、フランク永井の残した歌の全貌について、意外と理解していなかったのです。
 確か三巻全集というのがあって、そこでその時点までの発売したレコードのリストが載っていました。その後、CD時代になり、フランク永井大全集というのが出て、その中の解説書に発売リストがありました。
 このリストは重宝しました。つまり、発売されたレコードの全貌が掌握出来て、何がないのかがほぼわかりました。
 だが、それを参考に整理してみると、分かったことは、過去のレコードなど集めるというのは、考えるほど甘くはなく、手に入るのはヒットした曲に限るということでした。
 整理していて、これは大事だと考えたのは、ジャケットカバー写真です。並べれば、一瞥して盤がわかります。また、曲には作詞作曲はほぼ明確ですが、意外と不明なのは編曲者です。
 曲は確かに、作詞と作曲が決定的ですが、必ず編曲があり、バック演奏の配置、前奏、間奏などは編曲のたまもので、聴く人により深い曲の印象を与える重要なものです。
 フランク永井データブックでは、このジャケットカバー写真と編曲者を明記することを大事にしました。
 ビクターのノートのリストでは少なくとも、ジャケットカバーは不明です。これを集めるには、盤がなければできません。
 ということで、盤の収集もすることになりました。足を運べる範囲のレコード店をまわり、噂を訪ねながら範囲を広げました。
 時代がインターネットを迎えて、ネット・オークションがあることを知り、ヤフー・オークションで探すことを覚えました。だが、ここでもでているのは主にヒット曲です。
 だが、ヤフ・オクとか楽天とかでの収集は便利で、ずいぶんとお世話になりました。
 落ち着いて、全体像を見てみると、レアな盤がだんだん浮き彫りになります。それは、写真で掲げたものを中心に、数百枚中数十点がレア盤です。なぜか1960年代の前半が多い気がします。
 手元にジャケットカバーの写真は存在しなくても、熱心な収集家である友人知人から、写真を譲ってもらうことができました。
 ほぼそろったところで、2010年暮れにデータブックの出版ができました。当然ですが、フランク永井が生きて活躍されておれば、喜んで見てもらえたと思いますが、間に合いませんでした。
 フランク永井の長い闘病・リハビリ生活を支えたのは実姉の美根子さんです。美根子さんのご苦労は一口に表現できません。その美根子さんの労を労うには、データブックが一助になると思い、美根子さんに出来立てをご覧いただきました。
 幾度か親しくお話をすることができました。美根子さんは弟の世に残した実績を、これほど詳細にまとめてくれたと、喜ばれました。その美根子さんも2020年に永眠されました。
 さて、レコード収集に話を戻します。
 私はすでに会社仕事も終えていて、レコード収集に充てる費用も限られ、データブックも第2版の整理を終えたことから、収集からは遠ざかっています。だが、ヤフオクはときどき気にしてみています。
 そのなかで、今月大事件といっていいようなことがありました。それは「78回転のSPレコード」に161,000円がついたことです。
 これは私が見ている限り、最高額ではないでしょうか。このレコード盤自身、オークションでは初めて見ました。レア中のレアですが、いきなりこの価格と言うのには驚きです。
 落札者はどなたか存じませんが、この高額を出してでも入手する熱意に頭が下がります。
 高額と言えば、過去の例では、フランク永井のデビュー盤「恋人よわれに帰れ」でしょう。十万を超えていたと記憶します。これも、知る限り、オークションではこの時だけです。
 十年以上前になりますが、オークションを始めたころに、友人がトライしたのは「アイル・リメンバー・トゥナイト」です。友人は十万円まで入札したのですが、取り逃がしました。当時はびっくりしたものです。
 ということで、フランク永井のレア盤が、なんでも鑑定団のお宝のようになっています。
 結果的にですが、私も上記のような超レア盤をのぞいてですが、大方揃て持っていますが、鑑定団はどんな値を付けるのだろうかと、ときどき思います。
 一方、そんな高値になるのは果たしていいのか、と言う声も聞きます。その方がいうように、そもそも当のビクターさんが、フランク永井の全曲を誰でも、手軽に聴けるようにデジタル化して発売していないからだ、というのもごもっともです。
 そのスキを突いたようなビジネスを始めたのは、このブログでも何度も紹介したMEG-CDでした。だが、残念なことに運営資金の関係から現在はビクター系のLABEL ON DEMANDに移行しています。
 MEG-CD時代に発売できていなかったフランク永井の作品も継続して、製作発売するということも検討されているようですので、ぜひとも期待したいと思っています。
 そうなれば、フランク永井のEP盤のすべてが、必要な時にいつでも購入して聴けるという環境が実現するわけです。

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 今回も直接フランク永井とは関係ありません。ただ、フランク永井が活躍した時代の歌を、現在の若手歌手が勢ぞろいして歌うということ、その中でも当時の時代の歌の積極的に歌おうとしている歌手がいて、番組を見たわけです。
 久しく「新にっぽんの歌」はみてませんでした。司会も入れ替わりがあって、新鮮でした。1時間半の番組。楽団の指揮者も若い女性に変わっていました。
 今回は呉市からの放送でした。8月6日は原爆の日ということもあり、終盤では美空ひばりの「一本のえんぴつ」を全員で歌うというシーンも組まれていました。
 出演した歌手は若手男性歌手11人。初めて見た歌手もおりました。このコラムで以前に紹介したことがある、辰巳ゆうと、青山新、新浜レオンは歌唱をある程度知っていたのですが、他の歌手もなかなかのものだったと思います。
 後半、セリフ入り歌謡ということでは、辰巳ゆうとが「一本刀土俵入り」、松坂ゆうきが「刃傷松の廊下」を披露しました。私の好きな歌で、いずれもはつらつ、感心な喉を聴かせました。
 若い男衆が11人もいることと関係するのか知れませんが、全員で歌うというのが4曲もあったのですが、これは必要なのかとふと疑問も持ちました。やはり、一人の歌手にしっかり歌わせて、歌の良さ、歌手の演技力、実力を見せてほしかったと思います。
 私的には「雨の中の二人」「修学旅行」あたりが、高校時代を思い出しました。
 今回、11人の若手歌手が登場したのですが、総じては辰巳ゆうとのはつらつさが印象的だったかなと思います。元唄を歌っていた歌手の活躍時だ、振り返れば、それぞれの歌手には、一度聞けば印象に残る個性がありました。
 歌う歌の盛り上げ箇所には、その歌手に、聴く人をうなずかす独特のうまさがありました。
 11人はどれを歌わせても、そつなく上手に歌うのですが、グッとくるものが弱いなという感じでした。じゃ、全員合わせて、というわけにはまいりません。
 元気で、それぞれに、男らしさやいいところが多いのですが、これぞというところを、これからは追及して実現してほしいと感じた1時間半でした。
 下記に当日の曲を示します。なお、この番組は9月10日、16日に再放送されます。

【古今東西・名曲特撰】
M1 星のフラメンコ(S.41:西郷輝彦)全員
M2 柔(S.39:美空ひばり)辰巳ゆうと
M3 雨の中の二人(S.41:橋幸夫)青山新
M4 漁歌S.58:北島三郎)蒼彦太・一条貫太
M5 どしゃ降りの雨の中で(S.44:和田アキ子)真田ナオキ
M6 抱擁(S.44:箱崎晋一郎)エドアルド
M7 修学旅行(S.38:舟木一夫)木川尚紀
M8 愛の園(S.43:布施明)新浜レオン
M9 ネオン川(S.41:バーブ佐竹)戸子台ふみや
M10 白い花の咲く頃(S.25:岡本敦郎)松阪ゆうき
M11 憧れのハワイ航路(S.23:岡晴夫)松尾雄史
【特報!新曲情報】
M12 でっかい東京(R.4:一条貫太)一条貫太
M13 母ちゃんへ(R.4:蒼彦太)蒼彦太
【スペシャルステージ~演歌・熱き血のイレブン!~】
M14 今は幸せかい(S.43:佐川満男)真田ナオキ
M15 時の過ぎゆくままに(S.50:沢田研二)新浜レオン
M16 山の吊橋(S.34:春日八郎)木川尚紀
M17 男の土俵(S.39;村田英雄)戸子台ふみや
M18 あなたのブルース(S.43:矢吹健)エドアルド
M19 
涙の酒(S.39:大木伸夫)蒼彦太
M20 黒い花びら(S.34水原弘)松尾雄史
M21 男の子女の子(S.47:郷ひろみ)真田ナオキ・辰巳ゆうと・蒼彦太
M22 激しい恋(S.49:西城秀樹)新浜レオン・エドアルド・一条貫太・木川尚紀
M23空に太陽がある限り(S.46:にしきのあきら)松尾雄史・戸子台ふみや・青山新・松阪ゆうき
M24 学園天国(S.49フィンガー5)全員
M25 大勝負(S.45:水前寺清子)一条貫太
M26 女の意地(S.45:西田佐知子)青山新
M27 一本刀土俵入り(S.34三波春夫)辰巳ゆうと
M28 刃傷松の廊下(S.36:真山一郎)松阪ゆうき
M29 一本の鉛筆(S.49:美空ひばり)全員
M30 また逢う日まで(S.47:尾崎紀世彦)全員

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 来る9月25日(日)日立市民会館で開催されます。主催の吉田正音楽記念館にはがきで申し込む方式でしたが、すでに締め切りが終了していて、これからの申し込みはできません。
 私も知ったのが遅く、残念ですが、会場にいけません。
 フランク永井の恩師吉田正の百周年記念の催しは、昨年におこなわれ、NHKで放送されました。昨年のブログで紹介しています。
 今年も、同所で開催されるというものです。放送についてはまだ不明ですが、わかり次第に紹介したいと思います。

 昭和の歌謡史で吉田正の功績は極めて偉大なものです。1998年に国民栄誉賞を受賞しています。生誕の地茨城県日立市では誇る存在として、吉田正音楽記念館を運営し、恒常的な行事を企画しています。
 ポスターによれば、当日の出演者は橋幸夫、三田明、辰巳ゆうと、おかゆです。司会は宮本隆治。
 吉田学校の生徒の現役歌手のトップ2で、橋、三田の出演は当然でしょうね。人気、ヒット曲数においても抜群でした。今回ユニークなのはもう二方の登場です。
 辰巳ゆうとは、このブログでも何度か紹介しました。第七世代などと呼ばれる若手歌手のなかでも、吉田正活躍時代の歌謡曲に魅力を感じて多くのカバーを出しています。フランク永井の歌も歌っているようですが、直接はまだ聴いていませんが、この度の公演では、きっと歌ってくれるものと期待しています。
 辰巳については、もうひとつ、歌謡浪曲に何度も挑戦していることです。第七世代のグループには他にもいるのですが、堂々と歌謡浪曲を持ち歌として自信があるのは、たいへん頼もしく思います。
 ビクターの若手でやはり、歌謡浪曲に挑戦している山内惠介がいます。今回、彼ではなく辰巳が出演というのは、それなりに興味を感じます。
 そして、おかゆです。おかゆはビクターです。おかゆは、ともかく歌がうまく、流しというだけあって、歌える曲は山ほどあり、今回はどんな歌を披露してくれるのか、大変楽しみです。
 フランク永井の盟友だった松尾和子。彼女も吉田学校の生徒でした。ムード歌謡で彼女に迫る歌手はなかなか見出せません。まあ、嗜好品と同じなので、難しい問題ですが、聴いていて安心感を得られる歌手と言うのは、私的には秋元順子です。彼女のカバーは、洋楽も含めて、うまさ、安定性、現在では最高レベルと思っています。
 おかゆは、どの方向の歌手を目指すのか。とても楽しみです。

 吉田正の曲のフランク永井自身のベスト的なものは「吉田正作品集」です。
  有楽町で逢いましょう 西銀座駅前
  夜霧の第二国道    公園の手品師
  霧子のタンゴ     おまえに
  ラブ・レター     東京カチート
  妻を恋うる唄     大阪ろまん
 いずれも、昭和歌謡の宝物の一曲です。

 吉田正が他の歌手に作ったものを、フランク永井が歌うというテーマでのアルバムは「吉田メロディーを唄う」です。
  誰よりも君を愛す(和田弘とマヒナスターズ/松尾和子)
  グッド・ナイト(和田弘とマヒナスターズ/松尾和子)
  好きだった(鶴田浩二)
  再会(松尾和子)
  流れの船唄(竹山 逸郎)
  回り道(和田弘とマヒナスターズ)
  落葉しぐれ(三浦洸一)
  泣かないで(和田弘とマヒナスターズ)
  赤と黒のプルース(鶴田浩二)
  街灯(三浦洸一)
  東京の人(三浦洸一)
  夜が悪い(松尾和子)
 フランク永井は、恩師の曲を特別な配慮で思うのですが、聴いていてそのような感じは全く受けません。素晴らしい歌唱です。
 どの歌手のために恩師が書いた曲であっても、フランク永井は恩師の姿勢、思想を認識していたものと思えます。だから、まるで、自分用に作ってくれたもののように受け止めて歌ったのではないかと思いました。
 「誰よりも君を愛す」はここで収録されたのが最高ですが、松尾和子とデュエットで歌っているのも、なかなかの味わいです。また、これはライブでも好んで歌っていて、フランク永井は歌い込んでいます。
 余談ですが「落葉しぐれ」は三浦洸一の名曲ですが、春日八郎がカバーでレコード化しています。これも、キングの春日が吉田メロディーをどう解釈しているかを理解する点で重要と思いました。なかなかの聴きごたえを感じました。
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 このたびは、フランク永井とは直接関係ありません。ただ、ビクターの後輩で、実力派歌手として、これから楽しみの、期待置ける歌手ということです。
 最近、おかゆは「徳光和夫の名曲にっぽん」(BS東京)にメインで出ていて有名かと思います。
 先日、ここで「赤いひまわり」を歌っていました。聴いていて、最後まで聴き入ってしまいました。なかなかいい曲だと思います。
 作詞作曲はおかゆ自身になっています。おかゆは、他の歌手にも歌を提供しています。なかなか才能があると感心します。
 歌うウマ(うまい)ということでは、私はずっと見ている番組があります。「THEカラオケ・バトル」です。この番組に2017年出演し「柳ヶ瀬ブルース」「人形の家」「さそり座の女」「女のブルース」などを歌い、いずれも100点近い点数を出し、安定的な歌唱力を見せつけたのは印象的でした。
 2019年「ヨコハマ・ヘンリー」でビクター・エンタテインメントよりメジャーデビューを果たしました。
 これもおかゆの作詞作曲作品です。

 おかゆのデビューまでの生い立ち、苦労話は、彼女自身が語っているのを観ました。
 それは、やはり私がよく見ているYouTubeのDaveがリードする「嘉衛門 presents The Road~Take The One Less Traveled」チャンネルに、2018年に出演したときのものです。
 おかゆが17歳のとき、母が突然の事故により他界。母の口癖だったという「七転び八起き幸せに」を胸に刻んでいるとのことです。
 「流し」という言葉も知らぬまま、母がスナックで歌っていたのを、思い起こして、この世界に飛び込んだという。
 この業界に飛び込むというのは、一言で言えない苦労をまとっているのは、おかゆも例外ではありません。
 そのあたりが、彼女のことばを通じて、だが、明るく楽しく語られています。

 赤いひまわりというのは、おかゆの出身地近くに咲く花。ほんとのひまわりではなく、中南米産のチトニアという花。愛する男の自分への気持ちは本物の愛ではなかった。偽りの愛と知っても揺れる女心を、おかゆが歌にして歌ったというものです。
 ぜひおすすめしたい一曲です。
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 五木ひろしがメインMCを務める人気番組です。8月20日は、名曲!名演!名場面集&お宝映像プレイバック...ムード歌謡編ということで、観させてもらいました。
 過去に放送した名シーンを【名曲セレクション!~山の唄編~】【お宝プレイバック ムード歌謡編】【名曲セレクション~この歌・この魅力~】【喝采をどうぞ~コラボレーション~】という4つのパートにわけて紹介されました。
 全編を五木ひろしが藤あや子とともに、エピソードを添えながら紹介する番組です。

 当然注目したのは、二つ目のムード歌謡変です。フランク永井トリビュート画面では、千昌夫が「有楽町で逢いましょう」を歌ったシーンがでました。
 千昌夫のきばり顔ではムード歌謡にはどうかなと、心配しつつの鑑賞でした。
 フランク永井がらみでは、定番である「東京ナイト・クラブ」が歌われたのですが、歌手は野口五郎と藤あや子です。このひのセレクションは二人の歌手で歌うことが基本だったようです。
 フランク永井と魅惑のゴールデン・ユニットを組んだ松尾和子、彼女と和田弘とマヒナスターズで日本レコード大賞を得た「誰よりも君を愛す」を、橋幸夫と八代亜紀が歌いました。
 ムードあるデュエット曲の双璧である石原裕次郎と牧村旬子の「銀座の恋の物語」を山内惠介と大石まどかが歌いました。
 「東京ナイト・クラブ」「銀座の恋の物語」に続く大人のデュエットとなった、五木ひろしと木の実ナナの「居酒屋」、これは二人のご本人の映像です。
 居酒屋のできたエピソードが面白かったです。五木にその話が来たときに、全然乗らず、あげくは木の実に投げ、シングル盤のジャケットに小さく「五木ひろしと...」と書かれた状態で、木の実ナナのレコードとして発売されたのだというのです。
 その後、テレビ番組で数回歌うことになり、それからヒットになって、以後五木が主となっていったと。五木はその後他の歌手とのデュエットで何度も歌い、実際に木の実とデュエットしたのはわずかだったということです。
 この番組は基本的に「カバー」が多い番組で、出演する歌手の挑戦の姿が披露されます。何度か聴きましたが、はっきりいって、イマイチ、あるいは選曲かキャストが悪いと感じることが多かったのですが、この日にダイジェストした映像は、比較的よかったものでした。
 カバーとなると、元曲が完成しているだけに、歌う側の歌唱がいやでも比較されます。そのときに、歌う側の実力がもろに視聴者に判断されます。
 歌のうまさ、歌への熱心さ、歌への消化力の高さ、歌の独自の解釈による味の出し方、さまざまな視点で点数が付けられます。
 さすがにプロの歌手だと視聴者に感じさせるには、よほどの裏でのよほどの訓練が求められます。
 この点、フランク永井のカバーは並外れでした。あの低音で大丈夫かと心配するような曲でも、人をうなずかせる、幅の広い歌手でした。
 そんなことを思い浮かべながら、2時間楽しませていただきました。

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 フランク永井の歌を聴かない日はありません。
 昔と違って、家のなかでステレオをガンガンということは、今は禁止状態です。年に一度は、SPプレーヤ(蓄音機)の羽根の伸縮を行うために、一時間ほどかけますが、他はほとんどイヤホンで聴きます。
 スマホとSONYのプレーヤにほぼ全曲入っています。毎日散歩にでたときに、あるいは寝る前です。
 そこでこの曲は完成度が高いな、と感じた曲を紹介します。
 「道後の女(ひと)」(1967:SV-569A)です。佐伯孝夫作詞、吉田正作編曲です。
 この歌は曲といい,歌詞といい、実にしっとりとしていて、いい歌です。この歌はB面「でっかい夢」とほぼいっしょに作られました。当サイトの2018年「フランク永井「でっかい夢」。波乱万丈を背負った「でっかい橋=来島海峡大橋」を描いた南海放送「NEWS Ch4」」をご参照ください。
 A面に「でっかい夢」B面に「道後の女」はSV-563として現地盤が、ソノシートでリリースされています。
 この曲は昨年にビクターから発売された「日本の流行歌スターたち」のフランク永井2に納められていますので、どなたでもお聴きになれます。
 なお、このCDには「下松囃子」という曲が入っています。坂口淳作詞、渡久地政信作曲、寺岡真三編曲です。これは正式にEP盤として発売されておらず、地方版として出されたようです。だが、やはり完成度が高いと思われたか、Vol2に採用されました。
 聴いていて大変気持ちよい曲です。
 民謡調の地方限定版ということでは、もう一つ忘れてならないいい曲は「東北音頭」です。これは宮城県仙台に本社を置く東北新報が創刊二万五千号の発刊を記念して、広く読者に詞を募ったものです。
 盆踊りでは当時多用されたようです。「下松囃子」(裏面は曽根史郎、榎本美佐江による「下松音頭」ですが、これも盆踊りで歌われたのではないでしょうか。
 盆踊りと言えば、夏の定番ですが、私の住むところでは、おそらく他の場所と同じでしょうが、コロナ禍で3年連続のお休みです。京都とか秋田などでは、今年お祭りを決行したとのニュースがありましたが、お休みは残念至極です。
 それでも、歌を聴いて、お祭りの状態をあれこれ連想するのも楽しいものです。
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 フランク永井は台湾で今だ大きな人気を誇っています。カラオケではフランク永井のいくつもの曲が歌われ、演奏されています。
 時は1966年に遡ります。台湾で作成され、発売されたLPです。10インチということなので、まだ通常の30センチサイズになる前の大きさです。「LLP-109 法蘭克永井來台記念演歌新歌曲」。
 先日、YahooAuctionを見ていたら、このようなLPが出ているのを発見しました。最近はフランク永井のレコードを買うことはないのですが、これはと思って入札しました。だが、悲しいかな資金不足で買い逃しました。
 残念ですが仕方ありません。写真を見ると8曲が収められています。また台湾ではフランク永井のことを「法蘭克永井」と書くのだということを気づきました。
 曲名は繁体字の漢字で記載されていますが、裏面の歌詞も写真で分かります。歌詞をみながら、フランク永井の歌った曲名を連記してみました。

 01 誰我愛=誰を愛して 1964
 02 大阪生活=大阪ぐらし 1964
 03 悲哀的霧笛之道=霧笛の道 1964
 04 悲傷的等待=君待てども 1966
 05 不完全的夢=はかない夢だぜ 1965
 06 山的觀呼=アルプスは呼んでいる 1964
 07 霧夜的快速公路
 08 東京時雨=東京しぐれ 1965

 これで、気づいたのですが、Track-8の「霧夜的快速公路」でつまずきました。
 普通に訳せば「夜霧の高速道路」となりますが、そのような曲はフランク永井の歌で聴いたことがありません。確か同輩の久保浩が歌っていたような気がしますが、掲載されている歌詞とは違います。
 写真で歌詞はわかっても、メロディーがわからないので、何の歌かこれ以上わかりませんでした。
 ちなみに、その歌詞というのは、下記のようなものです。ような、というのは、日本語的に私自身が、すこし変だなと思ったからです。歌から聴いて文字起こしをしたのかと感じました。
 「ランセン」というのはランタンかなとも思いますが、不明です。若干手を入れました。

1.俺は飛ばすぜ 今夜こそ
 何を今さら 泣きごとを
 どうせ果てない 行き先は
 ヘッドライトが 知っている
 あゝ赤いランセンの ハイウェイを
 俺の車は すっ走る
2.恨みられたと 今知った
 捨てりゃ いゝんだ あんな恋
 未練だましい 泣きづらを
 バックミラーに なぜ見せる
 あゝ赤いランセンの ハイウエイを
 俺の車は すっ走る

 「版権所有」と理解できる文字があるので、ビクターから正式に版権を取得して、作ったLPだよ、ということなら、ビクターではわかっておらると思われます。
 それにしても、じゃ、フランク永井の曲として、日本で発売されているのかもしれませんが、私にはわかりません。
 どなたか、この辺りを知っておられるのであれば、是非とも教えてください。

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 「吉田正生誕100周年」記念の特集番組で、昨年9月に放送されています。このときに、当コラムで、私は【期待通りの「徳光和夫の名曲にっぽん〈吉田正生誕100周年〉」】として紹介(2021.9.7)していますので、ご参照ください。

 一年ぶりにじっくりと楽しませていただきました。恩師吉田正の偉大さについては、さすがに、エピソードがで尽くされていますが、話の好きな橋の説明がそれなりにポイントを得ていて、人となりがそつなく紹介されていたと思います。
 橋幸夫が恩師吉田正を、理工系の頭脳で曲を作ったというくだりは、ユニークだったと感心します。
 確かに吉田正は理系の高校に進んでいます。行き当たりばったりのその場での感覚で曲ができ、偶然にそれがヒットするということもあるのでしょうが、それ以上に吉田正は、世界情勢に常に目を光らせ、周囲に解説者、評論家、記者、別の職業の人たちと親交をもっていました。
 夜の飲みの場などを利用して、情報を交換し、集めて、理詰めで曲を生み出したという。確かに並の作曲家と異なり、生涯にわたって独特の吉田メロディーを生み続けました。

 私は当然フランク永井の役割に関せる説明とか映像に関心を持って観ていました。「西銀座駅前」「有楽町で逢いましょう」「おまえに」という代表曲が映像で出ました。歌謡曲の映像ではおそらく、最大を誇るテレビ東京なので、映像映りの一番いいのを採用しているは間違いないのですが、ファンの欲目では、ぜひとも、今まで露出が少ないのを紹介してほしいと思いました。
 もう一つは、徳永が日ごろから力を入れている若手歌手への思いです。歌謡曲は、平成、令和を経て、大きく変化を迎えています。
 次世代でも新たな姿で歌謡曲を発展させていってほしいという思いです。
 作詞家、作曲家、編曲家と歌手のコンビでも、ビジュアル当然の今の時代、以前の時代と異なります。吉田正とか佐伯孝夫や宮川哲夫といった人たちは、曲目作りに闘魂を込めていました。美空ひばりと米山正雄の関係のように、皆が持つ「魅力を最大限に引き出す」ことに大胆でした。
 当然、フランク永井もそのような結果として生まれたわけですが、そこが現在は薄いように感じています。
 だから、若い歌手の方々には、過去のいい歌を受け継いで欲しいのは当然ですが、かつてフランク永井が「有楽町で逢いましょう」を歌って、広く世を酔わしたようなショックある曲目の出現を望みます。

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