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 フランク永井の「公園の手品師」は恩師吉田正の残した名曲。作詞は宮川哲夫。秋の情景がまるでフランスのシャンソンのようなイメージで表現されている。いわゆる吉田調とはやや異なり、時代を感じさせない。普遍的な曲で、いつ聴いてもフレッシュで、聴く人で嫌いな人はいない、
 この曲は特定の歌手を念頭に作られたというより、吉田学校で学ぶ歌手の練習用として用意したもののようだ。実際にフランク永井も他の子弟たちも、この曲を練習で歌っている。
 この曲が映画で鶴田が歌っていると聞いたのは、2009年にNHKから放送された「歌伝説フランク永井の世界」の紹介で。1954(S29)年に制作され新年の1月3日封切りの東宝映画「顔役無用~男性NO1」。当然、そのときには映画も知らないし、観てもいない。
 NHKのフランク永井特集番組の放送で、鶴田浩二が歌っているシーンが流れた。機会があれば、この映画も見てみたいと思っていたら、以前にも紹介した映画狂(失礼、マニア)でフランク永井の大ファンでもあるGさんが、以前に有料テレビ放送された録画があると教えていただき、観る機会をくださった。感謝です。
 この映画はタイトルが正確には、ただの「男性NO1」ではなく、「顔役無用~男性NO1」というもののようだ。それは「Piblic Hero No.1=男性NO1」という1935年制作の米映画があるためと思える。当該映画は原題が「A Man Amon Men」というというのだが。。。。
 「顔役無用~男性NO1」は出演陣がそうそうたるメンバーなのだが、あまり流行らなかったせいか、呼ばれ方の混乱があり、顔役無用は抑えられ配給会社のポスターでも記載がない。また紹介でも1954と1955が混在。制作と公開が年をはさむせいと思えるが。
 フィルムはモノクロ、例に漏れずおよそ1時間半。監督:山本嘉次郎、脚本:井手雅人。配役はビュイックの牧:三船敏郎、ラッキョウの健:鶴田浩二で、二人の若さがなかなかいい。
 映画の内容はというと、ちょっと説明に苦慮する。それはヤクザ屋さんと関係があるということではなく、ストーリー展開に無理を感じるからかな。
 鶴田がそもそも、どういうつながりでこの歌を歌うかなど、よく見てても分からない。
 三船が演じるダフ屋の取締りと、手下のようなお調子者の鶴田の関係、やり取り、ケンカの理由と和解、等々一つ一つ人間的なキャラクターが立っていないのではないか。甘いのか甘くないのか、人がいいのか、悪いのか。
 まあ、当時の正月映画としてはちょっと弱いような気がしたのは、現代があまりにも人間不信で嫌な殺しや障害事件が多くて、それらのニュースに感覚がやられているためかも知れない。
 女性では越路吹雪、岡田茉莉子らが共演して正月の花をそえている。
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 "Japanese Kayokyoku Star Furank Nagai Greatest Hits" という全世界をターゲットにしたCDシリーズが、今年の初めに発売されたのは画期的であった。ジャケットは英名だが、シリーズ名の日本語表記は「日本の流行歌スターたち」で、4月末までにフランク永井を筆頭に平野愛子まで21人のCDが出ている。
 どれもビクターがかかえた昭和までのそうそうたる大歌手だ。そのまま日本語の大衆歌謡の歴史ともいえる、画期的な作品。驚くべきことは、CDでまとまってこのような形で出るのは、なぜに今頃なんだということ。さらに、ここで取り上げる藤本二三代や、フランク永井の活躍と重なるその時期に美形で人気をはくした神楽坂浮子らのベスト・セレクション(「全集」とも呼ばれるが)が、ようやく、今に世をみたことだ。
 怠慢なのかという声もある。まぁ、それはそれとして、このシリーズは当時を知るひとたちにとって、たいへん待ちわびていた作品だけに、それなりに注目され、コンスタントな人気も続いている。
 文四郎的にはフランク永井以外の歌手にあまり知識がないのだが、フランク永井とのからみで、松尾和子(このシリーズのフランク永井とともに著者がインナー・ノートを書かせていただいた)、藤本二三代、神楽坂浮子について気にして曲も追ってきた。
 この三人は同時期に美人歌手として押されたこともあるが、歌はうまい。コロンビアの島倉千代子はソプラノでかつちょっと独特な歌いまわしが、耳に残り愛されたが、藤本二三代の歌などはきわめてスタンダードな歌唱であり、それでいて可愛さがつたわり好きである。
 この藤本のCDは初のヒット曲集とあって、シリーズ中でも引きがトップクラスともいわれる。
 藤本のことについては、やはり「有楽町で逢いましょう」のB面をかざった「夢見る乙女」が初めて聴いた。それ以来、歌がうまいという印象だ。それがこの度まとめて聴けるのはうれしい。
 当時は、先に走る人気歌手とのカップリングで出すことで、新人とか相方の人気をも押し上げようというレコード会社の意図が一般的だった。フランク永井とペアでレコードを題した歌手は数多いが、中でも藤本は抜群でトップを占める。
 レコードのジャケットを持つ人は気づいているかもしれないが、長く不思議に思っていたことがある。それは藤本の写真顔の変化が異様に多いことである。写真が小さく判断がしづらいと思うが、真ん中の写真の上部の20の顔。
 ほとんど同じニュアンスのものがない。ほとんど別人である。近年のスマホの顔認識にかけても、同一人物と判断されないのではないか。と思うほど、顔をの変化を感じます。直接にお会いするような機会もないので、なんとも分からないのですが、写真だけをみたら、同一人とは思えない。
 もちろん、年代もデビュー時のおよそ20歳から20年はたっていないはず。化粧による変貌もあるだろうが、驚いた次第。ジャケットでも並べてみて、とても不思議な世界に入れる。
 フランク永井とのデュエットといえば、ゴールデン・コンビの松尾和子をおいてないのだが、それは「東京ナイト・クラブ」で敷いた都会派ムード歌謡路線にそって走ったからだ。藤本とのデュエットも残されている。「婿さがし八百八丁」で「東京ナイト・クラブ」のおよそ半年前の作品。
 レコード会社の思考錯誤作品だったのかもしれない。
 ビクターにはもう一人べっぴん歌手神楽坂浮子がいた。松尾との美人3姉妹で若者のあこがれのまとだった。三人で「朝きて昼きて晩もきて」を歌っている。これは今回の藤本の盤に収められている。
 三姉妹が映画「初春狸御殿」にそろって出演してる。映画全盛時代といってもいい1959年の新年封切り映画だ。市川雷蔵主演の大映映画。お相手は二役の若尾文子。勝新太郎もでている。ともかく楽しい正月映画。ここで人気の三人娘が色をさらに鮮やかにする。さすがに主役である若尾文子の美しさがはえていて、ちょっと押され気味ながら十分な満足を放った。
 それは当時月刊誌とかでしか顔を拝むシーンがない時代。当然モノクロ。それがカラーでしかも大スコープのスクリーンで動き回るのだ。それりゃ、若者がそれみてよだれを流さないわけがない。ちょっとはしゃぎすぎたので、ここまで。
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 「〽おいらは団地のやくざなのさ 口笛ひとつであの窓の...」。1962年に関西喜劇人協会が製作して松竹から配給された映画の開始と同時に、フランク永井の主題歌が流れる。出演はしていない。ちなみにアイ・ジョージは出演して「硝子のジョニー」を歌っている。
 この曲は、著者が編纂した「魅惑の低音フランク永井のすべて」(データブック)に未記載であるばかりか、過去に触れたことがない作品。
 これまで公開されている情報としてまったく存在していなかったような珍しい曲である。
 実はこの映画のビデオが発売された1980年代に購入していて一度観ているはずなのだが、データブック作成時にもまったく記憶がなかった。最近「終活」という話題をよく聞く。手持ちのビデオやレコードはどうなるのだろう。とりあえず、フランク永井との関連の薄いと思えるレコードと、周辺機器としてスペースを無駄にしているアナログビデオ関係は廃棄することを決断した。
 現在の居住地に引っ越してきたのは20余年前。越してきて開けもせずに、借りているストック・ヤードに放り込んでいた段ボールを開けて整理をはじめた。実はこの中に昔に撮影したテープ類やVHS商品、CD、テープ(レコードはデータブック編纂時にすべて取り出していた)がゴロゴロ。
 書籍などは25ケース。オーディオ・ビデオ関係は22ケースで、書籍は近所の古書店に引き取ってもらった。オーディオ・ビデオはレコードを集めていたときに何度も足を運んだ東京神田神保町のショップにお願いした。ずいぶんとあったものである。
 VHS映画「喜劇 団地親分」は処分前に私製DVDにした。実はこのビデオはあることがなければ、気づくこともなく、廃棄処分の目にあっていたもの。それは、先月に開催された「第11回フランク永井歌コンクール」でのこと。
 ここで久しぶりにビクターの開催担当の方とお会いして少しだけ言葉を交わしたのだが、その際に映画「喜劇 団地親分」でフランク永井が主題歌を歌っているよ、ということを教えていただいたことだ。びっくり仰天、何というタイミング。
 ご担当者はフランク永井のご本家で、機会をみてフランク永井関係の新作をイメージして情報を整理している過程で発見したとのこと。ご本家でなければなしえないこと。深く感謝するとともに、何年後になろうともぜひとも作品化と実現したいと願うものである。
 そのような経緯で手放す寸前のVHSを手放す寸前のプレーヤで鑑賞したという次第。
 「喜劇 団地親分」は監督が市村泰一、脚本が花登筐。花登筐はフランク永井が「有楽町で逢いましょう」をヒットさせた際に、東京と大阪で舞台をやったとき以来の関係で「番頭はんと丁稚どん」シリーズで、出演までしている仲。
 「喜劇団地...」は当時流行のシリーズで、その名を関して多くの映画がつくられ、喜劇を楽しませてもらった。
 「団地親分」では日本の喜劇界のそうそうたる俳優が登場している。いまあらためて観てみると壮観。常連といえばそうなのかもしれないが、それに交じって特筆?なのは、渥美清とささきいさおだろう。若きささきはこの映画で主役級の役回りを演じている。
 フランク永井が映画に出たり主題歌や挿入歌を歌っているというリストは、データブック編纂時でほぼ完成していた。だが、なぜに「団地親分」の情報がなかったのだろうか。
 どうも、これは当時のレコード会社の販売戦略が大きく関与していたと想像する。「けっこう多く歌っている子供向けのレコードの認知度が低い」「レコード・ハンギングツリー(映画主題歌のカバー)が曲目リストから抜けている」等々の噂に関連するのだろう。冒頭で紹介した歌詞のように、いくら喜劇とはいえ、おいらは団地のやくざなのさ...は、その後の報道コードに抵触すると思える。
 社会があまりにも社会の現実に対する許容度がなくなったということが、敏感な営業現場に反映したのだろう。
 高倉健や鶴田浩二や極道の妻が流行した時代があったことすら、消しゴムで消したいのかもしれない。確かにお上が率先して公文書までシュレダーにかけている。存在している現実と事実はありのままでなければ、子供たちは、裏も表も忖度するように歪んでしまうのではないかと危惧する。ごめん! 思わぬ方向へ話が飛んでしまった。単に文四郎のお記憶力がお弱いだけで屁理屈をいっているのかも知れないのに。。。
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 11月10日「鳴海日出夫先生を偲ぶ会」が催された。
 フランク永井ファンでは、鳴海日出夫をあまりご存じでない方も多いと思う。鳴海は「りんどうの花咲けば」が有名。TBS系連続ドラマ『鞍馬天狗』主題歌「鞍馬天狗のうた」は耳にしたことがあるかも知れない。コロンビアの歌手である。
 歌唱は抒情歌や唱歌をイメージさせる。ラジオ歌謡では欠かせない実績を残され、毎年開催される東京ラジオ歌謡を歌う会では常連であった。デビューは1953(S28)年だが翌年の「東京の恋唄」がヒットして人気を得た。
 しかし当時この分野で先行して実績で勢いのあった歌手は岡本敦郎。「白い花の咲く頃」などは誰もが知る。同じコロンビアでどうしても重なることから、裏に回ることが多い。
 筆者も詳しくは何も知らないが、後年、氏の人柄で多くの人をひきつけ、歌の指導などで実績を重ねてこられた。2016年の暮れに86歳で亡くなられた。こころからご冥福をお祈りいたします。
 当日の催しは、東京都北区に足場をもってきたことから、鳴海教室の主催に、ラジオ歌謡を歌う会や北区の文化振興財団、教育委員会、社会福祉協議会などが共催・後援して行われた。
 鳴海の歌唱曲(レコードで残された曲目)14曲、鳴海との接点で指導を受けたなど思い出深い歌18曲、ラジオ歌謡で親しまれた曲13曲、鳴海が作曲した曲7曲が、次々と披露された。
 当日のプロのゲストは川村正幸。4曲披露。鳴海が教室で最後の指導になったという5曲。エンディングは鳴海作曲の「聖火を迎えて」。そして全員で「東京ラプソディ-」という流れ。
 当日鳴海を追悼するという意味で60曲を超える曲が歌われた。その中で、フランク永井の曲が登場したのは、まず、思い出の歌のコーナーでの「妻を恋うる唄」。歌われたのはビクターの歌手祝太郎。ご高齢とはいえ、この長めの曲をみごとに聴かせてくれた。会場は曲のすばらしさもあるが、さすがプロの歌唱というのに耳を傾け、大きな拍手が起こった。
 次は鳴海の最後のレッスン曲で、鳴海の一番弟子ともいわれる浅野洋子の「初恋の詩」。これもみごとな過少であった。浅野は地元の「歌手」としても人気で「流れ星」(鳴海作曲。浅野作詞)を発売している。
 著者は知人がラジオ歌謡の関係の研究者でもあり、ご本人はここでも歌っていることもあって、鳴海の偲ぶ会に出向かせていただいたもの。フランク永井とは分野が異なる鳴海の世界に接しての感動もさることながら、フランク永井の歌曲が2曲も、しかもプロの歌手のすばらしい歌唱に接して、大変うれしかった次第。
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 映像と音の友社から「映像と音で綴るフランク永井ベスト」が新発売になった。http://www.eizo-oto.jp/product29641_892.html
 CD2枚とDVD1枚のセット。このセットの特徴としては、ビクター所有のフランク永井のミュージック・ビデオ映像がついたことではないだろうか。
 歌は「有楽町で逢いましょう」「夜霧の第二国道」「霧子のタンゴ」「大阪ぐらし」「加茂川ブルース」の5曲だが、フランク永井の歌う姿が比較的鮮明な映像であることだ。
 これが撮影されたであろう1970年代半ばのもので、いままでテレビでも使用されたことのない映像だと思われる。テレビ東京の「演歌の花道」よろしく、マイクを持たない歌う姿が楽しめる。制作目的からフル歌唱ではない。歌の2番とかの歌詞が省略されて時間を切り詰めているもの。
 ミュージック・ビデオの走りと思えるが、ギラギラさや忙しさの感じがまったくない、落ち着いた正統の歌唱映像で好感が持てる。当時のミュージック・ビデオでは歌手の歌唱に、強引にレコードの音を合わせているために、音声と映像のずれが多かったが、このフランク永井作品にはそれは感じられない。それほど、レコードの音源と同じような歌い方をスタジオでやったのだろう。さすがといえる。

 CDのほうだが、1枚目は「1 東京ナイト・クラブ」「2 羽田発7時50分」「3 西銀座駅前★」「4 有楽町で逢いましょう」「5 初恋の詩」「6 東京午前三時」「7 哀愁ギター★」「8 夜霧に消えたチャコ」「9 こいさんのラブ・コール」「10 赤ちゃんは王様だ」「11 あなたのすべてを」「12 君恋し」「13 おまえに」(★はモノラル)。

 ヒット曲を中心に曲を選びながらも、工夫がされている。基本的にステレオ版の音源を使用したものになっている。つまり「有楽町で逢いましょう」を始めとする、初期のヒット曲の音源はほとんどがモノラル録音であった。
 後日、時代の流れに合わせてステレオで音源を作っている。しかも「有楽町で逢いましょう」や「おまえに」「初恋の詩」などは、公式にもステレオ版は複数あり、曲によっては編曲も変えている。
 しかし、今回の商品では、モノラルとさせているのはTRK3とTRK7のみ。確かに「哀愁ギター」はモノラルのものしか存在しないと思える。「西銀座駅前」は後日版もあるはずなのだが、モノラル版が今回もそのまま使用されている。
 ステレオ版は公開されないまでも、モノラル版の録音とほとんど同時期にステレオ版も作っていたふしもあり、今回のCD作品で紹介されているのはそれなのか。聴いてみると、初期録音のモノラル版の演奏と歌唱と同じように受け取られるのだが、それは聴いてみて判断してほしい。
 もし初期の2曲と、すでにステレオ化されていた「おまえに」「あなたのすべてを」を除いて、他の曲がステレオでの収録なら、今回のCDは聴いてみるべきものに違いない。
 今回は「赤ちゃんは王様だ」「あなたのすべてを」が選曲されているが、別項「ラジオ深夜便」でも採用されたが偶然ではないだろう。
 今回のCD作品では、近年すっかり?見られなくなった、曲や歌手とか動向などについての解説がなされている。これは購入するファンの、うれしいことだ。曲についても実に的確で簡素にまとめられたコメントが添えられている。

 2枚目のカバーのほうも面白い構成になっている。

1 思案橋ブルース-1973「横浜・神戸・長崎"港"を唄う」
2 ブランデーグラス-1977「おまえに~おもいやり」
3 夜明けのうた-1967「恋心~フランク永井とともに」
4 今日でお別れ-1971「琵琶湖周航の歌」
5 二人でお酒を-1978「魅惑のゴールデン・デュエット」
6 炭坑節★-1961「フランク民謡を歌う」
7 あいつ-1967「恋心~フランク永井とともに」
8 ゴンドラの唄-1968「夜霧のブルース」
9 真白き富士の嶺★-1962
10 涙くんさよなら-「歌おう心のうたを(下巻)」
11 知床旅情-1971「琵琶湖周航の歌」
12 街の灯り-1978
13 上を向いて歩こう-「歌おう心のうたを(下巻)」

 曲名の後ろの文字は私のメモ。これらのほとんどはすでにカバーとしてCD化はされていたと思うが、フランク永井が最初に唄ったときの年代とLP盤名。
 フランク永井はカバーが秀逸といっていい。歌がうまいのでどの曲を聴いてもオリジナルとして聴ける。実際にTRK9「真白き富士の嶺」、TRK12「街の灯り」はシングルでも発売されている。TRK13「上を向いて歩こう」もほぼシングルがある(ほぼは...)。
 TRK6「炭坑節」は珍しい民謡もので、歌詞もフランク永井専用もの。
 「歌おう心のうた」という1977年ごろのLPがあるが、これは4枚+4枚の上下巻セット。ここでは上記の2曲と上巻で「公園の手品師」「お嫁においで」を歌っている。「お嫁においで」は加山雄三のヒット曲。
 TRK3の「夜明けのうた」はさまざまな歌手が歌っているが、やはり本家は岸洋子だろう。シャンソン歌手の岸は文四郎(藤沢周平「せみしぐれ」主人公)と同じ山形県庄内出身の歌手。難病でまだまだこれからというときに亡くなった。好きな歌手であったので、忘れられない。
 TRK12「街の灯り」は堺正章に阿久悠が詞を書いたもの。時代を切り取ったといわれる偉大な作詞家であった。彼の名とともにこの曲は長く残ると思う。フランク永井の「街の灯り」は、堺正章のとはまったく異なるおもむきを楽しめる。
 これからも、昭和の大歌手フランク永井の、今まで日の目をみていないような曲や映像を紹介していただければうれしい。ビクターさんのなかなかおもてにでることはない、追及新に大きな拍手を送りたい。
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 フランク永井の祥月。今年もNHKは放送してくれた。3時台「にっぽんの歌こころの歌」コーナー、こころに残る往年の名歌手として、14日にパートⅠ、28日にパートⅡ「フランク永井」特集が放送された。アンカーは深夜便に今年から配属という山下信アナ。
 深夜便のよさは、第一に落ち着いたていねいな語り。静かにきっちりとひととなりをそつなく紹介してくれる。2回のパートで1つを構成しながらも、それぞれ1回聴いただけで十分に良さを前面にだしているところが優れている。
 第二の取り上げる曲は毎年微妙にことなりながらも、ファンの動きをとらえている点だ。1日目はデビュー時のヒット曲を11曲とりあげている。音源は当時の録音を採用している。主に、ビクターから近年に発売された「日本の流行歌スターたち」と「シングルA面全集」。
 ヒット曲は後日にステレオ録音されたり、セルフカバー的に編曲が新しくしたりしたものもあるが、初期のものが採用されたのはイイ。
 「有楽町で逢いましょう」「場末のペット吹き」「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「羽田発7時50分」「西銀座駅前」「ラブ・レター」「東京カチート」「君恋し」「霧子のタンゴ」「東京ナイト・クラブ」。
 山下アナは「西銀座駅前」に思い入れがあったとのこと。確かにこの曲は当時聴く人を驚かせた。フランク永井と恩師吉田正。その吉田と最強のコンビであった作詞家の佐伯孝夫。このユニットの作品で「〽ABC、XYZ...それがオイラのくちぐせさ...」という歌詞。それを吉田のメロディーが大胆に聴く人にぶつける。フランク永井が絶妙に歌う。これは皆が聴いて耳に残り、口ずさんだのだが、フランク永井に匹敵するカバーは長くでなかった。後にいろいろな歌手が挑戦はしたが、多くは遠慮気味か引くかだ。とてもかなわないのだ。
 文四郎的には、聴いて揺さぶられるのは「東京午前三時」かな。戦争で首都東京は野になった。それがわずかな期間できらびやかな都会に復興していく。1964年のオリンピック開催あたりの時期がひとつの目標。それに向かって高度成長を突っ走っている時期。
 街の表は優先的に洗練されていく。しかしひとたび一本横道に入るとまだまだ闇市のにおいが漂う。夜の東京は昼に見えない猥雑な姿を現す。「〽あの娘きままな流れ星...」。都会に出てきたばかりの田舎者の文四郎は、この歌を聴くと鮮明にその当時を思い起こす。
 2日目はフランク永井の残した曲の、ジャンルの幅広さに注目して選ばれたもの10曲。
 「16トン」「13800円」「こいさんのラブ・コール」「夜霧に消えたチャコ」「赤ちゃんは王様だ」「秋」「ふたりだけのワルツ」「WOMAN」「あなたのすべてを」「おまえに」。
 ここでは「秋」「WOMAN」が近年の流れとして評価していいのではなかろうか。選曲者のセンス。「秋」は先に紹介した「日本の流行歌スターたち」で初デジタル化されたもの。しかも当時シングル盤はモノラルだが、同時期に別途ステレオ録音されたのを収録した。これが紹介された。
 「WOMAN」は近年大ヒット(とはちょっと言いすぎ?)。仕事時間中にNHKラジオをかけっぱなしにしていることが多いのだが、この曲が流れる。山下達郎人気は衰え知らずだが、フランク永井はいい曲を残したものだ。MEG-CDでこれが復刻発売されたのは2017年。若い年代に注目された。そしてLPも発売されるに至った。
 「こいさんのラブ・コール」はフランク永井の関西モノ人気のはしりの曲。この曲の作曲家大野正雄は今年87歳でお亡くなりになった。こころからご冥福をお祈りする。フランク永井に関西モノを多く書いてくださった。
 「赤ちゃんは王様だは日本レコード大賞歌唱賞を授賞した曲。当時何度も毎日のようにラジオで流れた。しかしこれは梓みちよの「こんにちはあかちゃん」というとんでもないビッグ・ヒットに越された。やむを得ないがフランク永井の幅広い歌にも、卓越した歌唱をするという実力をみせつけたものだった。
 この盤については文四郎的には別の思い入れがある。そのように人気の歌なのだが、かんじんな盤の現物が手元にないのだ。この歌は「フランクおじさんといっしょ」というLP、同名タイトルのソノシートにも納められ、シングル盤的なソノシートも出された。EP版もちょっとデザインを変えただけのもので多数が出ている。
 データブックの編纂のために可能な限り盤を収集したのだが、上記のいくつかのは手に入ってもEP盤は出てこない。表裏のジャケットはあっても盤がない。ところが、実はつい最近ヤフオクでその盤が出された。フランク永井のファンはこうした実情を知っていて、この盤はかつてない記録的な高額がついた。フランク永井のファンの熱情というものの深さをあなどってはならない。現在のような時点でもこうしたことが展開されているのだ。
 さて、もうひとつ、今回の放送で注目したのは「あなたのすべてを」だ。周知のごとくこれは佐々木勉の名曲だ。著名な何人もカバーを出している。フランク永井のは名手宮川泰が編曲を手掛けたもの。何といっても発売された1985年はフランク永井が舞台を降りた年で、これが最後のレコードとなった。しかもこの年は佐々木が若くして亡くなったときでもある。
 この曲を取り上げた選者に拍手したい。フランク永井のこの曲は他のカバー歌手のと比較(曲がいいだけに他の歌手のどのカバーもすごくいい)してもすごいのだが、聴いていて思いがあふれてしまうのは三番「〽こんど逢えるのはいつの日かしら...」だ。
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 フランク永井のファン仲間から「フランク永井の番組があるよ」との情報をいただいて、録画しておいたのを鑑賞した。放送が歌コンに出かける直前であったことから、放送日には観ることができなかったもの。
 BS-TBSで放送された。「名曲にっぽん」という番組。司会は徳光和夫と城南海(きずきみなみ)で、日本の歌謡曲に名を残し尊敬されている歌手ということで、フランク永井に焦点をあてた番組であった。番組を観ていくと、2013年の10月に放送されたものの再放送だとのこと。フランク永井の出演する番組と聞けば、逃さずに観る気になっていたものとしては、この放送は見逃していたようだ。教えていただいて感謝である。
 フランク永井のいままで見たことのない映像が観たい。とにかく残された映像が少ないので、番組があるというと期待して観てしまう。だが、そう簡単にそれが満たされることはない。もちろん過去に放送された映像記録から、曲の担当者は探しに探して、これはテーマに会っているとか、これは珍しそうだとか、これはいままで放送していなカットが含まれていそうだとか、いろいろと努力はされていているのは、十分に察せられるのだが。
 今回の番組では特別に新しい発見があったわけではなかったが、再放送してくれたことにはこころから敬意を表したい。この十月はフランク永井の亡くなった月であることから、歌コンはもちろんのこと、別項で予告のアップをしたが、NHKラジオ総合では「ラジオ深夜便」で特集をしてくれる。まことにファンにとってありがたいこと。
 舞台を降りて30余年。亡くなってからも随分と経つのに、ラジオ・テレビがフランク永井をこの月に思い出してくれるというのは、素晴らしいことだと思う。それだけ大きな印象をひとびとに与えたということ。
 フランク永井の映像は、実際にはNHKをはじめ各放送局に多数残されているはず。フランク永井に限らず過去の記録が膨大で、記録が十分でなくデータベースが不完全ということがいわれる。これは未発表の曲ということでもいえる。日本が欧米と比べて、文化遺産のアーカイブという思想に立ち遅れがあったためといわれる。
 これが、美空ひばりや石原裕次郎のようなビッグ・ネームになると、その遺産を整理したり、著作権管理をしたりする事務所が、継続的に発掘の作業をしている。この組織の考え方と力量に依存している。
 指摘したいのは、税も投入されているNHKや大手の放送局などのメディア機関、所属事務所・レコード会社などが、本来はもっとしっかりしなければならない。放送したものの所有や再放送の権利を独り占め?していながらも、その保管とデータベース化に弱さがある。
 今どき放送の記録はもとより貴重?なテープを上書きで使ってしまいなくなった、などということはさすがにないだろう。しかし、アーカイブは業務に対する責任と思想といっていい。流行歌といえども十分に立派な大衆文化で、人びとの歴史と密着したもの。この盛隆はターゲットである大衆があってのもの。民主主義、民権主義という言葉があるが、ファンあっての流行歌である。
 つまり残されたレコードや映像というものは、権利を持つとされる作者や歌手やレコード会社(事務所)の資産であるとともに、忘れてはならないのは大衆という聴かせる・見せるターゲットだ。大衆のつまり多くの人びとの歴史的な財産だという考え。
 この思いを大事にするか否か。それとも使い捨て、投げ捨て。もうけは考えるが後(他)は知らないという考えがあったからだと指摘されてもしかたない。欧米ではそこが根底から異なる。公的な組織や機関とさまざまな民間事業体が組んで、大衆文化のアーカイブを構築している。
 まあ日本の場合はお上が公文書を廃棄したり改ざんまでしているという。オレだけカネだけイマだけという世だという。アーカイブの話には「アーソナノ」という程度。貴重な遺産が散逸し、破棄され、後世に残ることもない。時代が過ぎたら、皆忘れる。フランク永井という歌手の業績は、そんなことであってはならないと思う。
 「徳光の名曲にっぽん」のビデオを観て、多少お酒が入った頭にそなんなことがよどんだ。。。城南海の笑顔がイイ。
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 宮城県大崎市は台風19号の被害が報道でも大きく扱われたように、中止が危ぶまれていました。そんななか開かれた11回目の歌コンクールの審査結果は、下記のとおりでした。こころからお祝い申し上げます。

優 勝 神永 世四郎 「夜霧に消えたチャコ」
    (茨城県笠間市)
準優勝 佐々木 良二 「新東京小唄」
    (宮城県仙台市泉区)
第3位 今野 中道  「冬子という女」
    (宮城県仙台市宮城野区)
特別賞 佐藤 宏実知 「君恋し」
    (秋田県由利本荘市)
    千葉 智弘  「六本木ワルツ」
    (岩手県奥州市)
    岡田 順介  「東京午前三時」
    (千葉県佐倉市)

 歌コンの催しが災害と重なってのことで、全員の黙とうで始まるという異例の大会になりました。当然、大崎市ではすべての催しが中止されたのですが、歌コンは全国的な催しで、直前の告知の徹底をすることができないという制限のなかで開かれたものです。
 実際に準備を進められていた関係者や、地元の方や、途中を観察しながら車で来られた方に聞きましたが、多数の爪痕が残っている状況でした。広大な広さを誇る大崎市の平野。河川の管理は抜け目なくやっていても、かつてない雨量にあえば、どうしても弱いところで被害がでます。
 歌コンの会場周辺もそうした浸水にあっていました。当日の催しを楽しみにされていた方々も、対応に追われてこられなかった方もおりました。

 さて、歌コンの当日の様子に戻ります。歌コンで歌われる歌のリストは、会場に来られた方に配られるパンフレットに書かれています。111組のリストを見ると、まず気付くのは、フランク永井の歌で今まで歌コンといえども歌われなかった歌が、比較的多かったことです。
 それには演奏(カラオケ)数が限られているというのが一番大きな理由と思われますが、独自に準備されたり、エントリーする方の熱意の賜物かと。
 「届かない手紙」「東京しぐれ」「WOMAN」「ふるさとの風」「つかの間の恋」「幸せって奴は」「季節はずれの風鈴」「わかれ」といった名作への挑戦がありました。
 そうした曲にはいままでファンであっても、そうとうフレッシュに感じたのではないでしょうか。同時に年代的にも若い層の方や、女性の方の挑戦者が増えた気がします。

 長年にわたって審査をされてこられた白井先生から、審査委員長が井上先生に変わりました。決勝大会での講評では、まずフランク永井の日本語の発音の良さを見習いなさいと。そして、同時にフランク永井のマネをしちゃいけないのはタメだよと。
 その歌の技巧はフランク永井という歌の天才のなせる技で、それはなみなみならない努力と鍛錬で計算されて生かされているもの。これを一般の歌好きが安易にまねてもイヤミにしか聞こえないものだという旨の話をされてました。
 やはり聴く人を感心させたり、うなずかせたりするのは、発音のきれいさ、音程への素直さは基本中の基本だと。その上で、歌への余裕ある姿勢がないと、聴いていて気持ちが押され詰まってしまう。聴く人がいる「歌」の心得がわかりやすかったと、多くの方が感じていたようです。
 また、なるほどと思ったことがありました。それは、フランク永井の歌の素晴らしさをなかなか、日本人が気付かない点ということ。以前に、歌コンに米国からわざわざ参加された方がおられました。この方はフランク永井の日本語の発声について、日本人は気づいていない、あるいは軽視していると「怒って」いたといいます。
 また、同様にハンガリーからエントリーされた方も同じ。日本語の教師をされているという。その方はフランク永井の歌を知って、日本語の発音の美しさに感激したという。
 一概にいうのは適切ではないかもしれないが、大陸でつながる外国の方は日本人と音域や発が相当異なっています。そうした方は日本で言う「低音」がどうだという発想はでてきません。むしろ、純粋に言葉と発のよさに敏感です。これがフランク永井の歌を聴いて、日本人とは少し異なる視点からの気づきなのかと思います。
 フランク永井はナイトクラブとかでいわばBGMとして歌っていました。それは、歌が恋人や友との会話を邪魔しない。それでいてムードをだし、癒しの効果を感じさせてくれるという特性があります。だが、フランク永井のファンは一歩進めて、フランク永井の歌をじっくりと、気を集中させてきくこともします。するとどうでしょう。一曲ごと、一フレーズ毎、そこにはプロの歌手であることを納得させる、実に深い歌への理解と思いが聴き取れます。
 フランク永井のような歌手がもう現れないのか。そう吉田正という稀有の偉大な教師に巡り合えたこともあったが、やはり、フランク永井自身の歌への追及心に対して、並ぶような歌手がいないのだろうと思います。

 審査のあいだは、アトラクションのお時間。今年も松山中学校の吹奏楽部のみなさんがフランク永井の曲にトライしてくださった。また日本の古くからの芸能のひとつ龍笛演奏を在松山の山下進氏が披露されました。これも「君恋し」など他では聴くことができない素晴らしい演奏が楽しめました。
 また、会場に装飾された今回の展示では「フランク永井が残したレコードの全ジャケット」と「フランク永井が出演・主題歌を提供した全映画のポスター」(都合で全部展示できなかったのが残念)が披露されました。いずれも、数十年間に及ぶ収集品で、空前絶後、ここだけでしか見られない展示で来客者の目をひきつけていました。
 今回は、ちょっと書き方を変えてみました。ということでまた次回。


【追記】2019.10.22「タメ」についての若干の私的コメント
 なお、音楽とカラオケについての素人の独断の認識です。
 カラオケは誰でも好きなように歌うもので、歌い方に拘束は皆無です。
 ただ、ひとたび誰かに「聴かせる」となると、聴く人はそれこそ、無責任・勝手に何らかの感想を持つことになります。聴く人は百人百色で受け止め、その気持ちが歌い手を拘束することもありません。
 これが、カラオケ・バトルとかカラオケ・コンクールとなると、審査があります。歌う方はうまくなりたい、聴かせたいという意志があります。審査側は歌い手の「差・違い」を何かの基準で数値化して比較することになります。結果はなるべく公正ではないかと想定した基準から導き出します。もちろんこの結果は歌った歌い手一人に対してだけ通用するものです。なので、スポーツのアスリートの順位と同じです。これが、誤解とすり替えから、争いとか根に持つような感じになることがありますが、それは厳しく戒めるべきだと思います。
 さて、カラオケでの基準は「リズム」「音程」「安定感」「抑揚」「ロングトーン」「テクニック」の視点からみるのが一般的と言われています。こぶし、しゃくり、ビブラートという表現技術は「テクニック」にはいります。
 「リズム」は言うまでもなく、音符に示されたポイントで歌い手が正確に発声するということです。カラオケの演奏はプロが楽譜に忠実にリズムを再現します。歌うのが人間であるためにそのリズムとずれることがあります。評価では前にずれたり(走る)、後ろにずれたり(タメる)は大前提としてダメです。
 前回の記事で「AIで再現する美空ひばり」番組をとりあげました。ひばりの歌をYAMAHAチームが徹底的に分析したのですが、その一つにこの走る・タメるがわずかに入っているのを確認したのですね。音符通りとずれたのとの相違は、聴く人に情感の伝え方だと。ほんのわずかで、聴く人には、その方が自然に聴こえるレベルのものということでした。
 ところが、このタメ(タメると走る)は、歌手の詞の解釈力とプロの歌手としての常人では説明し難い天才のセンスと練習から生まれたものだという。これを一般の人が他の「テクニック」と同列に誤解してやってみるようなことをすると、必ず失敗するものだという。フランク永井歌コンクールでの審査委員長のお話でした。
 同列ではないし、そもそも徹底的に音符に忠実に歌い、音程・安定感・抑揚・ロングトーンなどのレベルが十分なレベルに達した人が、自然な表現技術として「漏れた」ようなものがタメといえるようです。

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 9月末にNHK総合で放送された。やはり、賛否両論のようだった。
 「フランク永井、AIでのそっくりさん復刻をファンは望むか? それとも楽しむ?」という記事にたいして、文四郎はどうなんだともいわれて、追加記事をちょっとだけ書いてみたい。
 美空ひばりは1989(H1)年に亡くなっておられるので、それからすでに30年。フランク永井と同様ファン層が大きく変化していいるのは避けられない。同時代のファンが高齢化しているのはやむを得ない。
 そうしたなかで、この番組の企画は大きな期待と刺激を与えてくれた。現在の日本の最高水準の技術で「甦らせてみよう」と企画して1年間、参加したエンジニアと関係者は何百人にも及んだとのこと。ソフトの感性を迎え、収録でNHK会場に集合して、結果を見ての感想は大いに感心した、感激したというところだった。
 生きているような姿に涙を流す人も多かった。「AIでよみがえる美空ひばり」企画に携わった方々の、エネルギーの注ぎ込みようが伝わってきた。曲作り、演奏は実演。曲は「あれから」という題目。セリフ入りになっている。最終的には3DCG、つまり高解像度の3次元映像にして、会場中央のスクリーンに投影する方式であった。これはホログラムなのか、ちょとと疑問だった。
 音声再現の担当は、ボーカロイドを世に送ったYAMAHAチーム。美空ひばりの歌唱のすごさは1フレーズ単位で表現を変えるのをベースにしながらも、1音単位で表情をだしていること。これが他に絶対にまねのできない歌唱にしている。音符と音声の微妙なタイミングのズレ、ときにはホーミー(モンゴルの特徴的な発声で高次倍音)が入るという高度なもの。これをAIに学習させたという。確かに、歌唱に奥行きが表現される。
 「あれから」にはセリフが入る。語りを入れるのはボーカロイド・チームでは初めてという。これは本人が息子に残したテープ音声が利用された。曲間の語りが自然さを増した。
 さらには映像化の課題。残されたひばり映像から後年と思える新たな映像を作る。振り付け、髪型が新たに創作される。ほとんど新曲発表と同じ手順だ。振り付けは天童よしみに実際に歌ってやってみたものをベースにする。しかし、何といっても最大の難問は歌う表情であろう。
 文四郎的には、出来上がったアンドロイドの表情がやや不満だったかな。
 歌唱はわずか、フレーズ間に無理な箇所が感じられてものはあったが、おおむねひばりの歌唱は再現されていたと思う。セリフも含めて歌唱の再現性としてはよかったと思う。だが、アンドロイドというかひばりロイドというか、やはり生きた人間と異なるなと。遠目はこれでいいのだろうけど、アップはやや厳しい。目つきもやや変だが、歌う口元がアテレコ風な感じ。あと、ひばりはややオーバー・アクションぎみなところがあるのだが、そこが抑えられ過ぎた感じ。歌のテーマとの関係かも知れないが、ほほ笑み伝わってこない。
 だが、この画期的な挑戦には拍手を送りたい。
 この番組を観る前に思うところがあった。それは、番組でも紹介されていたが、米国や外国ではとびぬけた技術がすでに存在し、その結果が報じられていることだ。
 例えば、オバマとかトランプ映像だ。そうとう細かく検証でもしなければフェイクとは判断できない。プーチンについてもさまざまな噂がある。報道される映像の中にはバーチャルで作られた映像で語られているのがあるとか。
 映画のは使用目的が限定されているとはいうものの、音+映像+表情の加工はあって当たり前になってきている。実写だけではなく、アニメの世界になると、文四郎世代になるとさらに驚く。例えばディズニー作品「トイ・ストーリー」などにおける、感情表情表現は完成している。
 コマーシャルの世界も同じで今放映されている携帯Galaxy。巨大なスタジアムの中央にサーフィン映像がホログラムで浮き上がる。当然かもしれないが瞬時「演出だよ、イメージだよ」という意味合いのキャプションがでる。だが、実は同様のことが現存しているということで、いくつか映像を観たことがある。未確認だが、ドバイでは観光としてそれを見せているという。来年の東京オリンピックの開会式は綿密な企画が進んでいると思えるが、Galaxyでみせたホログラムが登場するかもしれない。
 フランク永井の甦りはどうなのか?って。今回の番組を観る限りでは、近く再現することはないね。費用効果がなさそうだ。ボーカロイドのように、その気があれば安価にだれでもトライできる技術公開がなされ、映像のほうも多くの人たちが遊びのようにさまざまいじられるような環境ができたなら、どなたかが作るかもしれない。
 若い人が言うには、携帯で自撮りした自分の顔をその場で、瞬時に若返らせたり、年寄りにしたりすることでふざけあうアプリが流行っているのだとか。性別の変換までしてみせるというからきっと気楽で楽しいに違いない。
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 大人の人気デュエット曲は数多くあるが、その走りはやはり「東京ナイト・クラブ」。1959(S34)年で、これは松尾和子のデビュー曲。なかなかよくできた曲で、当時はこのような都会の大人の男女のムードを扱った曲がなかっただけに、大きなヒットとなった。ビクターの名コンビであった佐伯孝夫と吉田正の名曲。この後数多く歌われるだけに、ステレオ化され優雅で奥行きある編曲が多数された。初期の編曲は小沢直与志。
 「東京ナイト・クラブ」にならって、テイチクは石原裕次郎に「銀座の恋の物語」を唄わす。裕次郎人気もすごい時代で、たちまち大人気曲になり、両曲そろって都会の大人の社交場であるナイトクラブ、キャバレーが普及していった。
 ビクターはフランクと松尾の人気が高いのを追うように「魅惑のゴールデン・デュエット」と命名した。「国道18号線」(1964年)を出していく。ドラマの主題歌にも採用され、ヒットするが「東京ナイト・クラブ」には及ばない。このコンビでカバーを含んだLPを後に出す。「魅惑のゴールデン・デュエット」として2枚リリースされた。フランク永井と松尾和子の魅力が、余すところなく盛り込まれている。
 二人が残したデュエット曲はおよそ30曲ほどあるのだが、残念なことに知名度は「東京ナイト・クラブ」と他の曲では圧倒的な差がある。同じことだが、フランク永井のデュエットで残されている映像にも言える。まあ、半世紀以上もまえのことだし、仕方ないのかもしれない。
 フランク永井と松尾和子の歌う「東京ナイト・クラブ」はテレビでも相当流されたので、数えられないが10本は超えているだろう。時代が流れ、その後の歌手たちが数多くこの曲をカバーしている。このブログで何度か紹介してきたとおりである。
 そんなことから、いくつか、他の歌手によって歌われた「東京ナイト・クラブ」を続編でいくつか紹介してみたい。
 フランク永井自身が松尾和子以外の歌手と歌った「東京ナイト・クラブ」がいくつかある。島倉千代子、青江三奈、岩崎宏美、生田悦子。
 このデュエット曲が単独でつまり相手なしで歌っているのは青江三奈。これは珍しい。
 有名なのは「東京ナイト・クラブ」を「銀座の恋の物語」を2回目の吹き替えで組んだ八代亜紀と歌っていることだろう。その八代亜紀は藤田まことと山川豊と歌い、山川はさらに藤あや子と。
 五木ひろしは石川さゆり、木の実ナナ、五輪真弓、伍代夏子とコンビを組んだのが残っている。伍代夏子は千昌夫と冠二郎と歌っている。最近歌謡番組によく顔をだす高橋英樹は長山洋子と神野美伽と歌っている。瀬川瑛子は竹島宏と宮路オサムとのデュエットを残している。山内惠介は川中美幸と。川中は吉幾三と。サザンオールスターズの桑田佳祐は昭和歌謡をたたえるアルバムで原由子と歌ってる。
 ここまでしりとりのように紹介してきたが、以下はダブりのないコンビで歌っている。
 ヒデ/美咲
 橋幸夫/古都清乃
 三山ひろし/水森かおり
 三條正人/田代美代子
 鳥羽一郎/林あさ美
 湯原昌幸/キム・ヨンジャ
 藤原浩/門倉有希
 武田鉄也/谷村新司
 北山たけし/田川寿美
 北島三郎/水前寺清子
 里見浩太郎/都はるみ
 徳光和夫/おかゆ
 氷川きよし/石原詢子
 三善英史も歌っているのだが、相方について分からない。また、相手自身を次つぎに変える趣向で、五木ひろし/森進一/五輪真弓/河合奈保子と歌うのも残されている。
 とうぜん、もっと存在しているのであろうが、これらは手元のメモに残っているものだけである。
 実は文四郎の大変親しい方が「ひとり『東京ナイトクラブ』」の名人がいて、何とか露出をと考えているのがある。男女のパートを一人でやる。薄暗いカラオケ室で、相方としてマイクをもってダミーを演じても、誰も気づかないという芸。だから、露出となるとバレちゃうし、露出しなきゃこの芸が認める場が限られるしで、そうとう長い期間悩んでいる!?
 「東京ナイト・クラブ」はあまりに有名なだけに、たいがいの歌手は知っているので、特別な練習もなく歌うという流れが多いせいか、歌唱そのものには期待できない。気楽な余興というところだ。
 余談だが、先月BS-TBSの番組「甦る昭和の名曲3時間スペシャル」というのがあった(2015年の再放送)。ひさびさのカバーで感動を得たのは美空ひばりの「愛燦燦」をメイJが歌ったときだ。彼女が歌うまなのは知っているが、このときの歌唱はすごい。多くの歌手のカバーを聴いてきたがメイJの「愛燦燦」は絶賛であった。

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