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 新年早々、嬉しいことが目白押し、とそこまでではないまでも、フランク永井ファンには頬も緩む。BS朝日の人気番組「昭和偉人伝」で2週連続の特集が放送された。
 昭和は今年に年号が変わる。昭和の特集はこれからも続くだろうが、平成の2代前になってしまう。フランク永井ファンにはまた、時代が遠くなってしまいそうで淋しい。
 「昭和偉人伝」の今年第一弾は、昭和歌謡の偉人たちということで、吉田正、遠藤実、岩谷時子、船村徹のお四方の紹介。そして第二弾ではフランク永井と坂本冬美が取り上げられた。
 昭和歌謡はまさに偉人として誰しもが認める作詞家と作曲家。この四人が昭和歌謡にどのようにかかわり、欠かせない役割を果たしたのか。どこが偉大なのかを生誕から人生の暗明、さまざまなエピソードをそつなくまとめ上げたものだ。
 俳優の国村隼の語りが実にいい。番組の内容に実によくマッチしている。落ち着いて鑑賞できる。
 四人の偉人を中心にすえながらも、戦後の歌謡曲の歴史をまんべんなく紹介している。それゆえかどうか、タイトル紹介が30分近くもたってからになる。
 古賀政男・遠藤実に出ている日本的な戦中戦後の歌のライン。敗戦を迎えて洋楽が勢いよく日本に流入する。そのなかで日本的でありながらも、都会の風を表現するおしゃれな歌の実現を求めた吉田正。そして、越路吹雪の信頼を一身にあびた岩谷時子。女性の眼で人間の愛と喜びを描写する才能はとびぬけたものだった。
 吉田正の紹介ではどうしても欠かせないフランク永井。スポニチクリエイツの珍しい映像で登場する。第二弾でも採用されているのだが、この映像は青ガウンの「有楽町で逢いましょう」ばかりでなく、赤ガウンの「おまえに」が出る。もしかして、これは初出かもしれない。
 「おまえに」は1966(S41)年が最初で、1972(S47)年に新たに吹き込みなおしている。影像では後者がはめられているので、当然映像の制作はこのあたりといえる。
 フランク永井と恩師吉田正の当時の活躍ぶりを証言してくれているのは、音楽プロデュサー谷田郷士、元ビクター制作本部長白井信幸、元ビクター常務小林孝正、音楽評論家小西良太郎、湯川れい子、そして後輩の三田明の面々。
 白井は宮城県大崎市松山で毎年開催されているフランク永井歌コンクールの審査委員長を昨年まで十年間やってこられたことでも知られている。
 第二弾でもうひとり紹介されているのは坂本冬美。彼女はフランク永井と並んで紹介されるのは初めてと思うが、歌がうまい。声質と発声、つまり歌唱には他に比較できない圧倒的な個性を持つ。歌への思い入れの現役深い歌手だ。
 近年浪曲師の二葉百合子を師として、歌の濃さ深さを大きくした。特筆は歌謡浪曲にまで入れ込んでいることだ。彼女の恩師である猪俣公章はフランク永井には「夜の歌」「涙の人生」の2曲を提供している。いずれもヒット曲ではないが、彼はビクターの森進一にも多数のヒット曲を提供していることでも有名だ。「港町ブルース」「噂の女」(クール・ファイブの残した歌だが森が歌うのを想定して作られた)などいくつかカバーを歌っている。フランク永井の猪俣節も斬新でいい。
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 フランク永井ファンと懐メロファンとビクター初代美女アイドルファンへの新春早々の贈り物「日本の流行歌スターたち」第一弾として7枚のCDが発売になった。懐メロファンには、第2弾が来月に発売されるのがさらにお楽しみだ。
 来月は、(8) 生田恵子、(9)徳山璉、(10) 藤本二三吉、(11)久慈あさみ、(12) 轟夕起子、(13) 暁テル子、(14) 四家文子、(15) 市丸-天龍下れば、と続く。かてて加えて第3弾も計画されている雰囲気だ。
 さっそくに、第一弾の何枚かを聴いてみた。いやはやなかなかのものである。もちろん主に戦後のものなのだが、聴いていると現在の日常をすっかりわすれて、頭は若かりし頃にワープする。年寄りの特権。
 姪御が言う「ちょっとシンキ臭いんじゃない」。ん~ん。。。。とうなり返すだけなのが、やや悲しい。というか、争ってもおそらく同意を得られる自身がないのである。情けないことに。
 藤本二三代は声もいいし、うまい。神楽坂浮子はかわいい。榎本美佐江はベテランの味、などとやや酔いも影響して勝手な感想を口走りながらひとり楽しむ。周囲は見放して何も言わない。
 シンキ臭いとはイヤな表現だが、確かに当時の歌は心穏やかに、落ち着いて聞けるだけあって、リズムが定型化されているといえるかもしれない。ビクターオーケストラによる演奏も、それが特徴かもしれないけど、一律な響きを与える。だが、これが当時の歌謡曲の特色になっているし、ファンを強く引き付けているのかもしれない。
 年末のNHK紅白歌合戦は、私自身にはあまり見る意思はなかったのだが、周囲の事情から観てしまうはめになり、結局最後まで見てしまった。感想は予想通りで、時間をつぶしはしたが、いい思いをした心持にはならなかった。
 出演者のほとんどは若い娘たちとジャニーズ風のグループなどで、名前も知らない。歌はというと、何を言っているのかさっぱりわからず、印象に残るものは皆無。残念だが「プロの歌手」と自分で思う概念とはそうとう異なる、ただのビジュアル先行のショーだ。歌合戦とは名ばかりで、少しも合戦はしていない。
 参加者やその周囲は必死に「感動」し「盛り上げ」ようとしているのが滑稽を通り過ぎて哀れだ、とまで言いたい。歌は個人の究極の趣向品だと繰り返し主張している私としては、私がそう思う出演者や歌手を、大好きだ、最高だ、こころから喜ばしてくれると感じるのであろう。それは尊重すべきことで、大事なことである。
 何が大きな違いの原因なのだろうか。まず、歌手の発音。曲とも関係するのだろうが、日本語の初声やイントネーションが無視されている。そのうえに、発生の滑舌という歌手として欠かせない要素がほとんど考慮されていないのでは、と思えることだ。
 演奏の音だが、やはりこれが日本人の生活や情緒にあっていないのではないかと感じることだ。つまり一般的にやかましい。個性を際立たせるために不可欠と思っているのかもしれないが、歌は聴く人の気持ちを穏やかにし、思考を拡大させるものではないかと思う。だが、やかましさを押し付けているように感じる。年寄りのこころのよじれのせいかもしれないが。
 演奏は現代は基本的にシンセサイザー、つまりコンピュータによる人工音の合成でできる。紅白での舞台の生演奏は、それにこだわるバンドでのみある。かつては舞台にそのスペースがあってなされていた。それが別のスタジオでの演奏と放送する舞台との合成になった。現在も別スタジオでやっているのかは分からないが、別途用意している演奏音は常に用意されているので、別スタジオもおそらく無用だろう。
 その演奏音源だがまさに「完璧」な音であるゆえに、これが年寄りの耳になじまない。1980年代にCDにメディアが替ったときのように、自然音でなくなったことが原因だ。かつていわゆる蓄音機が限りなく自然音や人間の肉声に近づけるように制作された時代と、大きな差ができてしまったからだ。
 現代の音楽音で育った若い世代では、信じられないことかもしれないが、年寄りの耳にはノイズのない澄まされた音が心を乱す。だが音楽業界は分かってはいても、以前にはもどれないだろう。
 世相として人を単なる安い労働力としてしか扱わないようなことから、人間としての感覚や感情が落ち込み、そこから「感動を」「感激を」得たい症候群のような様相ができて、それが現代に流行する原因なのかもしれない。これが違和感の一因なのかもしれない。
 年寄りは一律の感動と感激の押し売りにはへきへきする。
 中身がないと大概は様相でごまかそうとする。いくらビジュアルの時代になって久しいとはいえ、ビジュアルしかないというのもどうかと思う。舞台の派手さ、衣装の凝り具合、リズムと踊りのせわしなさが、これでもかと展開される。近年の特番が2時間を超える長時間番組になっているが、これは公共の電波を使った思考暴力なのではないか、とさえ思うことがある。
 紅白が現在ラジオで放送されているのかどうかは知らないが、おそらく音だけのラジオでは耐えられないだろう。つまり、ビジュアルを取り去ったら、聴く人に訴える中身は何が残るのか。
 悪く言えばバカになりそうだ。という超辛口のNHK紅白歌合戦評でした。
 まあ、シンキ臭いといわれたが、フランク永井が活躍していた時代の歌、つまり流行歌が年寄りには、おっと私にはあっている。そんなことから、あらためて「日本の流行歌スターたち」の発売を喜んだわけ。写真はついでに聴き比べるのにラックから引き出したもの。
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 映画「有楽町で逢いましょう」は1958(S53)年1月に封切られた。これが2月にようやく初めてDVD化されて発売されることになった。何ともファンにはうれしいことなのだが、半世紀以上も経ってから、というのが妙すぎないかと。
 このブログで幾度も紹介しているとおりだが、フランク永井を一気にスターダムに押し上げた「有楽町で逢いましょう」。レコードは前年末(11月)に発売されている。
 映画化は、そごう(関西から都心に拡張してきたデパート)の開店キャンペーンとして、当初から決まっていたもの。できたばかりの民間テレビ局が3月に同タイトルの番組を組み、雑誌「平凡」に小説連載が始まる。コマーシャル・ソングとしてはビクターが連携した。
 そごう宣伝部長豊原英典とビクターの岡田ディレクターがかつてない大連携を実現したのだった。
 大映は島耕二監督に依頼して大映オールスターが参加したカラー作品となった。フィルムがスタートすると大映のタイトル画面の直後にフランク永井が登場して歌う。デパートの階段をゆっくりと降りながら歌う。歌もレコードと比べてもややゆっくりだ。
 フランク永井の映画初出演で、若くういういしい姿が映っている。
 この映画は2014年スカパーで放送された。大映からカドカワに映画の権利が移りカドカワが入っているのが、そごうがあった読売会館。現在はビッグカメラで有名。そのカドカワ映画館で「有楽町で逢いましょう」はリバイバル再上映されていたことがある。ちなみに筆者もここで映画を観た。
 フランク永井の「有楽町で逢いましょう」は、それまで高音歌手が人気を得ていたなかで、ささやくような低音が世に刺激てきてあった。これが都会派とかムード歌謡というブームに火をつけたのだが、ビクターの恩師吉田正の思惑を成功に導いたのにはもう一つ、レコード技術の飛躍的な発展があった。
 従来はろう盤に直接音源を刻んでレコードの原盤を作っていたのが、テープに吹き込むようになった。歌唱の微妙な表現をアナログでより忠実に再現できるようになった。また、レコード自身が従来のシッレク素材からビニール化が急速に進んだことだ。
 フランク永井のような含みあるこえがレコードで再現できるようになったこのハイ・ファイ技術はビクターのエンジニアが先行していた。フランク永井の人気を支えたともいえる。
 まあ、SPから始まった録音とレコードの技術はピークを迎え、その後デジタル化が取って変わることになるのだが。
 映画「有楽町で逢いましょう」ではビクターの新星歌手である藤本二三代が「夢見る乙女」を挿入歌として歌っている。レコード「有楽町で逢いましょう」のB面に入っている。彼女は歌がうまい。
 ちなみに、映画「有楽町で逢いましょう」のエンディングでは映像は主演の京マチ子と菅原謙二がそろって電車で東京へ向かうシーンにかぶさるように、フランク永井の歌がかぶさるのだが、レコードの歌詞にない特別版か第4番ともいえる歌詞で歌われる。〽二人の思い一筋に、溶けて花咲く恋心...
 この歌詞での歌は他で聴いたことがないので、映画を観た人だけへのプレゼントなのでしょう。それにしても、しつこいのはご勘弁だが、この映画のDVD化が遅すぎる。少なくても20年前であって欲しかった。
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 いよいよ2018年が暮れようとしている。平成が終わり来年は新たな年号になる。世は明るくないのだが、フランク永井ファンにはうれしいニュースがある。
 フランク永井を世に出したビクターから年明け(1月9日)に「日本の流行歌スターたち」というシリーズのCDが出る。この1枚目を飾るのが「フランク永井-有楽町で逢いましょう~追憶の女」。しかも、この中には未発表の曲が入っている。
 「さあもう一度キッスしよう」である。谷川俊太郎作詞服部公一作曲の作品だ。このコンビで第5回日本レコード大賞特別賞を「月火水木金土日の歌」で得ている。ビクターの担当ディレクターがこの度、長く眠っていた音源を発見して、よみがえられせくれたものである。
 今回のフランク永井CDは確かにフランク永井のセレクションではあるのだが、曲にはなかなか聞けない秘めた当時の人気曲が選ばれている。ファンを喜ばすようになっている。
 今回の企画シリーズは、ビクターの戦中・戦後の歌謡曲の歴史をきらびやかに飾った歌手たちを登場させている。シリーズ名のように「日本の...」という表現や、ジャケット写真のように日本語が出ていない英語表示になっている。
 これは世界をターゲットにしていると思える。すでに「流行歌」「歌謡曲」は世界に通用するし、カラオケもそうとうの普及をしている。その日本の歌手についても興味はつきない。その歌手たちが当時発売したレコードは世界にも誇れるレベルのものだ。歌手は歌もうまく、世界が聴いても全く遜色ない。
 昨年暮れに、The Midern Enka、The Era of Ryukoka、Influences of War、Japanese Retro Hitsといった欧米向けと思える出所不明のシリーズを紹介したが、今回の「日本の流行歌手たち」はこれに似ている気がするが、よくわからない。
 今回のシリーズについてはすでにレコード店から予約を受け付けている。リリースの紹介によれば「日本の流行歌・歌謡史上に煌々と輝き続けるスター歌手たちの新編成のベストアルバムが登場!」として「昭和の初期から流行歌界を牽引していたビクターだからこそ実現できる、珠玉のカタログ企画全15タイトル」とのこと。
 フランク永井の紹介では【言わずもがな、戦後日本の歌謡曲史の偉大な足跡を残した大スター。「有楽町で逢いましょう」「君恋し」「おまえに」などのビッグヒット多数。「魅惑の低音」と称される美声でいまなお聴く者をしびれさせている。昭和30年代のヒット曲を中心に、B面曲ながら名曲として誉れ高い楽曲、そして最近になって発見された未発表楽曲「さあもう一度キッスしよう」など、初CD化曲5曲も収録!過去作品の焼き直しではなく、新たな視点で選曲した、ファンが泣いて喜ぶ新鮮な全曲集!】とのことである。
 現在このシリーズは15タイトル決まっていて、第2弾は2月発売。その後も続くかもしれない。
 収録曲はネットで調べてほしいが、下記にこのシリーズを記す。
(1) フランク永井-有楽町で逢いましょう~追憶の女
(2) 松尾和子-グッド・ナイト~夜がわるい
(3) 藤本二三代-好きな人~祇園小唄
(4) 榎本美佐江-十三夜~後追い三味線
(5) 神楽坂浮子-明治一代女~三味線フラフープ
(6) 小唄勝太郎-天東京音頭~明日はお立ちか
(7) 佐藤千夜子-波浮の港~君恋し
(8) 生田恵子-東京ティティナ~銀座マンボ
(9)徳山璉-侍ニッポン~隣組
(10) 藤本二三吉-祇園小唄~唐人お吉小唄
(11)久慈あさみ-黄色いリボン~女豹の地図
(12) 轟夕起子-腰抜け二挺拳銃~お使いは自転車に乗って
(13) 暁テル子-東京シューシャインボーイ~ミネソタの卵売り
(14) 四家文子-銀座の柳~天国に結ぶ恋
(15) 市丸-天龍下れば~三味線ブギウギ
 個人的に嬉しいのは、藤本二三代、神楽坂浮子が第一弾で入っていることだ。この二人ばかりではないのだが、今回のセレクションでおそらく初めてまとまった「全集」CDが出たのではないだろうか。歌がうまいのに姿がよく可愛かったことから、何か自主規制されたようなやっかみがわくほどである。
 上記15名にはまだ男性歌手が二名だけだがこれから登場する歌手にも期待がもてる。
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 前回にカラオケ店で歌えるフランク永井の曲を紹介した。
 カラオケの演奏曲はビクターから他に出ているものとして、1988年に発売されたCD-BOX「魅惑の低音-フランク永井大全集」の6枚目にカラオケがある。「東京カチート」「好き好き好き」が入っている。
 1983年にレザーカラオケが発売されたときの最初の盤を購入した。「フランク永井~ユアー・リクエスト20」である。「旅秋」が発売された年でここに入っている。
 1976年にビクターはLP「SJV-863-あなたが唄うフランク永井ビッグ・ヒット」を発売した。まさにフランク永井のヒット曲を12曲納めている。
 カラオケが普及していく社会の流れに乗って、この時期はテープ商品があったが、そこにはボーナス・トラックのようなかたちで1、2曲入っているのがあった。テープでカラオケだけというのは記憶にない。8トラックというのが流行していて、対応商品が相当出たと思える。本人歌唱と同じ数だけカラオケもあるという造りが多かったと思うが、8トラックのフランク永井カラオケ商品については、当方に知識がないので、残念だが不明である。
 さらには、この時期にCDGというようなメディアの企画が登場した。DVDはご存知のように映像、CDは音声のみ。CDに画像が付録でついたようなものがCDGで、現在それを再生できる装置はほとんど見かけない。8トラック再生装置のような、カラオケでの使用に向けた装置があった。その後ラジカセにその機能が付いた。これはテレビとケーブルでつないで使うもので、その対応商品がCDGとして各社から発売された。ビクターからも何枚か発売された。
 当方にもフランク永井ものを含めて数枚あるが、曲はやはりヒット曲に寄っている。画像は現在見れば期待を大きく下回るレベルで評価以前というのが妥当かな。
 上記で紹介したカラオケ演奏曲はすべてビクター音源である。
 カラオケというか世には自分で存分に歌いたいという個人やグループが無数にある。前回に紹介したのもその一つである。そこで昔からフランク永井の曲を積極的に歌っている著名なグループがある。おそらくその最大のところは「横須賀懐メロ会」ではないだろうか。
 ここは筆者が編纂したフランク永井データブックの作業に当たっても大変お世話をいただいたところである。ここは今も積極的なカラオケの普及に取り組まれている。何度かyoutubeの紹介をしたところでもある。
 同会が運営するサイトにはフランク永井のカラオケ演奏曲のリストも紹介されている。なんと64曲が紹介されている。しかも、これはこれまでに紹介したフランク永井のヒット曲(DAMやJOYSOUNDなどの曲以外)としてである。
 すると、ビクターやカラオケの提供する曲とあわせるとおよそ100曲になることになる。フランク永井歌コンの関係で話題にしたように、フランク永井のカラオケ曲が少ないということで始まった話題だが、100曲もあるということはそこそこの数に及ぶことになる。「横須賀懐メロ会」で独自に演奏曲を作ったり集められたものが、大きな光彩を放っている。圧倒的なパワーといえる。フランク永井のオリジナル曲が400曲程度だから、およそその四分の一だ。
 ここで、前回紹介したものも含めた全リストを紹介する。演奏の違いからダブりもある。洋楽の含む。カバーもあるが、それを除いても100曲を超えている。
  1.11時(イレブン)過ぎから*  2.78回転のSPレコード*  3.Those Days Of Yesterday  4.Woman
  5.アイスクリームの夜(ラジオ歌謡)  6.ウナ・セラ・ディ・東京  7.おまえに
  8.こいさんのラブ・コール  9.さようならアイコさん*  10.そっとしといてあげるから*
  11.だから泣けるんだ  12.たそがれシャンソン  13.たそがれのテレビ塔  14.たそがれ酒場
  15.つかの間の恋*  16.ネオン酒*  17.ばらの刺青(ペリー・コモ)  18.フランス航路  19.ふるさとの風
  20.みれん酒*  21.ラブ・レター  22.わかれ*  23.わかれ(ギターバージョン)  24.哀愁ギター
  25.哀愁の海  26.哀愁の熱海駅  27.愛のセレナーデ*  28.愛のブルース*  29.逢いたくて
  30.逢いに来たのに  31.羽田発7時50分  32.雨のメリケン波止場*  33.雨の国道7号線  34.俺は流れ星
  35.俺は淋しいんだ  36.俺は涙を知らない男  37.加茂川ブルース  38.夏の終りに  39.街角のギター
  40.季節はずれの風鈴  41.泣いちゃった  42.泣くなサキソフォン*  43.君待てども  44.君恋し
  45.月影のささやき  46.公園の手品師  47.好き好き好き  48.幸せって奴は  49.高原の山荘(ロッジ)
  50.国道18号線*  51.妻を恋うる唄  52.札幌発最終便  53.若い潮*  54.愁夜*  55.初恋の山  56.初恋の詩
  57.女には涙がある*  58.場末のペット吹き  59.振り向けばひとり  60.新東京小唄  61.生命ある限り*
  62.西銀座駅前  63.青い国道  64.千島桔梗  65.戦場の恋(ビクターカラオケ)*  66.大阪ぐらし
  67.大阪ろまん  68.大阪無宿*  69.追憶  70.追憶の女(おもいでのひと)*  71.冬子という女
  72.東京カチート  73.東京しぐれ  74.東京ダーク・ムーン  75.東京ナイト・クラブ  76.東京午前三時
  77.東京無情  78.湯の町デイト  79.当たって砕けろ  80.届かない手紙*  81.悲しみは消えない
  82.悲恋のワルツ  83.望郷(ぺぺ・ル・モコ)  84.霧子のタンゴ  85.面影のひと  86.夜の海岸線
  87.夜間飛行*  88.夜行列車  89.夜霧に消えたチャコ  90.夜霧の十字路  91.夜霧の巡視船
  92.夜霧の第二国道  93.有楽町0番地*  94.有楽町で逢いましょう  95.遊侠一匹  96.流れの雲に
  97.旅秋  98.林檎ッコ  99.淋しい街  100.涙なんか  101.冷いキッス  102.恋のビジネス特急
  103.恋はお洒落に*  104.恋遍歴*  105.恋夜*  106.六本木ワルツ
 フランク永井の歌を唄ってみたいと、そのカラオケを探しておられる方は、まず上記のリストを見てみたらいかがだろうか。これでも自分が探しているのは見つからないという方もおられるかもしれない。台湾で歌われているという「捨てられた街」は入っていない。
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 カラオケを楽しんでいる人は大変多い時代。「ひとりカラオケ」というのも流行っている。カラオケは仲間で言って交流する場のような時代もあったが、今やその文化も多様化している。機器やソフトの拡充から携帯を使ったカラオケがあり、また映像こみでyoutubeに代表される映像サイトにアップして自分の歌唱を拡氾するというのもある。カラオケは日本人の発明で、今や世界中で楽しむツールにまで広がっている。
 そのカラオケ演奏で最初に用意されたひとつが、フランク永井の「夜霧の第二国道」といわれる。大変名誉なことなのだが、そのフランク永井のカラオケ、つまり歌唱のはいっていない演奏曲が少ないということが、ファンから話題になる。歌いたくても、歌うカラオケが提供されていないのが不満だというわけだ。
 筆者にときどき「何々という曲のカラオケはあるのだろうか」という問い合わせがくる。当然だがやや聞く相手が違うのだが、フランク永井のファンとしては、ただ分からないでは済まない。ということでときどき他のファンに聞いたり、調べたりしてみることになる。このブログの記事でも何度かそれを書いたことがある。
 
 先日知人から「瑞穂松原なつめろ会」の12月例会に参加したというお話を伺った。毎月開いているという東京多摩地方の任意サークル。この当日のレジュメを見せていただいた(写真右)。
 なんと42人がおのおの2曲を披露するというすごい会。よく見たらなんとなんとフランク永井の曲が4曲もあるではないか。しかも左上にジャケット写真まで。4曲とは「国道18号線」「おまえに」「冬子という女」「街角のギター」である。平均したた、どなたかが、フランク永井曲を1~2曲歌うようだ。
 全国に存在する無数の歌愛好会であろう。そのひとつのサークルでこのように親しまれている。

 話はもどり、さしあたって、ネットの情報をみてみた。DAMとJOYSOUNDの情報があった。当然曲の提供会社は他にもあると思えるが、この2つは大手で現在はインフラが充実していて、リアルタイムで利用者のデータを分析、整理されている。どんな曲がどれほど利用されているか。ここでは「曲数はどうなのか」がテーマなので、双方の提供している曲を整理してみると次のようなリストになる。
  1.Those Days Of Yesterday  2.Woman  3.ウナ・セラ・ディ・東京+ 
  4.おまえに-  5.こいさんのラブ・コール*-  6.そっとしといてあげるから
  7.つかの間の恋  8.ラブ・レター*-  9.愛のセレナーデ  10.愛のブルース
  11.逢いたくて  羽田発7時50分*-  12.俺は淋しいんだ*-  13.加茂川ブルース-
  14.季節はずれの風鈴  15.君待てども+  16.君恋し*-  17.公園の手品師*-
  18.好き好き好き-  19.幸せって奴は  20.妻を恋うる唄-  21.初恋の詩-
  22.場末のペット吹き-  23.西銀座駅前*-  24.赤坂の夜は更けて+ 
  25.大阪ぐらし-  26.大阪ろまん*-  27.大阪無宿  28.追憶  29.冬子という女-
  30.東京カチート-  31.東京しぐれ-  32.東京午前三時*-  33.届かない手紙
  34.悲恋のワルツ  35.霧子のタンゴ-  36.夜霧に消えたチャコ*-
  37.夜霧の第二国道*-  38.有楽町で逢いましょう*-  39.旅秋  40.冷いキッス
  41.恋はお洒落に  42.恋遍歴  43.六本木ワルツ  44.東京ナイト・クラブ*-
  46.銀座の恋の物語*+  47.銀座ブルース*+
 [+]の記号があるのはフランク永井のオリジナル曲ではない。他の歌手のヒット曲なのだが、フランク永井もカバーとして発売していてそれが好評であるがゆえに、準オリジナルの扱いがされているようだ。「君待てども」とか「銀座の恋の物語」が入っているのは興味深い。
 また、カラオケではデュエットはかかせない。フランク永井は松尾和子とゴールデン・デュエットを組んで、数々のヒット曲をだしたが「銀座ブルース」はそのひとつ。いつか、カラオケ店で「国道18号線」とか「11時(イレブン)過ぎから」を聴いた気がしたが、上記リストにない。他の他からの提供だろうか。
 ちなみに、ビクターから現在公式に「カラオケ」音源として発売されているものは「歌カラヒット-フランク永井」(3点)「フランク永井-カラオケDVD」(4点)の2シリーズで、前者は[*]、後者は[-]がついている曲だ。後者のDVDは海外旅行時にもっていって、旅先でプレーヤーがあればどこででも使えるようになっている。無印はカラオケ提供会社から提供されたもので、音源はビクターからあるいはオリジナルで作ったものと思える。
 10月に大崎市で開かれた「フランク永井歌コンクール」を訪れたときも、カラオケ曲の少ないことが話題になった。上記リストのおよそ50曲を多いとみるか少ないとみるかは、見方で何とも言えないが、昭和歌謡を背負った他の歌手については聞くところによれば、思わぬようなレアな曲まであるようだ。それを考えればフランク永井の曲はもっとあってもいいと思う。
 曲の発売当時大きなヒットにはならなかったものでも、聴く人にはそれぞれの生活体験からの各自の思い入れと結びついている。この何物にも代えられない自分だけの感動と思い入れがその曲への愛着となる。それがその曲を歌いたい深い動機にもなる。可能であれば、ビクターから可能な全曲を提供してほしい。誰であっても、これはという好きな曲がある。これができる環境が拡充されていくことが、ファン層を広げていくことになるはずである。
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 2018年もあとわずかを残すだけになった。大晦日はNHK紅白歌合戦が放送される。が、筆者はここ数年見ていないので、きっと今年も観ないかもしれない。が、いつも情報を寄せてくれる友人からこの紅白についての今朝連絡があった。
 週刊誌に特別企画の紅白記事がでていて、ここにフランク永井も登場するよと。今発売されてるのならと、すぐに買いに走って読んでみたわけである。
 読んでみたら、なかなかイイではないか、ということで紹介したい。
 「今年の紅白には、もうついていけない」ので、改めて「これこそが紅白だ!」というのを企画し、これを開催せよ、という記事だ。
 「紅白は国民的行事ではなかったのか」。最近のはだらだらと長く、知らない歌手が知らない歌を歌っていて、観る気がしない。人からおよそ不当に徴収したカネをふんだんにつぎ込んだ、ファッション・ショーか、とまで周囲では批判している声を聴く。NHKの意図がどっか向いている、自己満足に陥っているとも言われて、ついうなずいてしまったこともある。
 紅白への出演が歌手にとって誇るべき偉大な勲章であっただけに、真剣だった。だが、今や紅白出場は何の光にもなっていない。すでに国民から見放されている状態なのだ。
 この記事を読んだら、どうもそのように感じている人も多いようだ。
 ならば、ということで、この週刊誌の編集部では、どんな番組なら観るものが納得するのかと知恵を絞って、その出演者と歌をしぼり、司会や審査員までリストアップしてみたようだ。
 近く映画『男はつらいよ』新作が封切られる。主役の渥美清はすでに亡くなっているが、過去49本の映像資産がある。寅さんの出演シーンはこの遺産が利用されるに違いない。これほど多くの映像があれば、いまどきだから新たなセリフも自然に演じられる。
 NHK紅白歌合戦も今年は69回を数える。フランク永井が最後に出演したのは、1982(S57)年の33回だから、およそ前半の時期に当たる。ちなみに1957(S32)年の第8回から連続で出場している。当時は26回の出演が最長として話題だったものである。
 この記事では紅白出場者、おのおの26組を厳選している。特別に橋幸夫と吉永小百合のデュエット「いつでも夢を」まで選ばれている。「歌手は本業ではない」として紅白の要請には答えなかった石原裕次郎や鶴田浩二をあげているのもイイ。井上陽水、大瀧詠一といったオファーがあっても己の主義から断った人気エンターテナーの名も挙がっている。
 フランク永井もそうだが、江利チエミや西城秀樹等々今はない人たちも、そうとう入っているのだが、寅さん同様映像はどうにでも準備できるだろう。西田佐知子も藤圭子も観てみたい。
 まあ、NHKでなくてもいいわけだ。そう考えればこの企画は夢とは限らない。確かに国民的な歌や歌手が薄くなったのは事実であろう。だが、圧倒的な支持と賛同を得た当時の熱い経験をした国民は、まだまだ元気に生きて日本を支えている。
 原点に帰った紅白があってもいいのではないのだろうか。
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 素晴らしいジャズ・ピアノの演奏者でかつポピュラー曲の編曲者でもあった前田憲男が亡くなった。ご冥福をお祈りいたします。
 【ある人にとっては「モダンジャズ三人の会」やウエスト・ライナーズの一員として戦後日本のモダン・ジャズ・シーンの興隆を支えたピアニスト、またある人にとっては世紀の珍盤『円楽のプレイボーイ講座』を世に送り出したヒップな作編曲家、はたまたある人にとっては「ミュージックフェア」、「題名のない音楽会」などの有名TV番組のテーマ曲を手がけた巨匠・音楽監督。少なからずも日本のジャズというものに関心を示している人であれば、この「前田憲男」というジャズメンの名を様々なところで目にし、質量共に無尽蔵なるその仕事ぶりに驚かされ続けているのではないだろうか。半世紀以上に亘りジャズ界のみならず日本の音楽界をリードし続ける名ピアニスト、トップ・アレンジャー、前田憲男】
 上の紹介文はMHB&BOOKSの「特集-前田憲男の世界」での記載だ。前田は好きな音楽の世界に生涯を捧げた。きっと十分に満足した日々であったと思う。
 前田が最初にフランク永井の作品を手掛けたのは、1963(S38)年「はてしなき恋」の編曲である。作詞作曲はジャズ仲間の鈴木道明である。トランペットの演奏から始まる。ジャズそのもののうきうきする作品になっている。
 次いで、1973(S48)年の「君恋し~フランク永井ニニ・ロッソと唄う」である。この「君恋し」自身は当時「夜空のトランペット」などで全世界に名を馳せたイタリアのジャズ・トランぺッターとNHK紅白で共演したときの編曲だ。
 大晦日、アッと驚かせた。フランク永井はイタリアに飛んでアルバムの吹き込みをした。そこではニニ・ロッソのトランペットを活かした「君恋し」をムーディーに編曲している。レコード大賞を得た寺岡真三の編曲も最高なのだが、前田の「君恋し」も大変印象深いものだ。トランペットの良さを引き出し、よりジャズ風な仕上げになっている。世界に通用する実力が発揮されている。
 このアルバムでは、さらに「誰よりも君を愛す」「アカシアの雨が止むとき」「君待てども」「雨に咲く花」「夜のプラットホーム」の編曲を手掛けている。いずれも大ヒット曲なので皆が耳にしている曲なのだが、前田にかかるとこれが別の側面をもって鮮やかによみがえる。
 フランク永井の抑えた歌唱もいいのだが、やはり前田の突出した腕が光る。
 前田はこの後に、1978(S53)年にタンゴのアルバムを手掛ける。「フランク永井~夢のタンゴ」。これはフランク永井がタンゴの世界でも卓越した歌唱をしているのが、全体のムードは前田の編曲に負うところが大きい。前田は決して聴く人の期待を裏切らないという印象を受ける。
 ジャズでとの頂点を築き上げたのは1981(S56)年の「オール・オブ・ミー~フランク永井スタンダードを歌う」である。これはフランク永井が当時ジャズ界の第一線で活躍している仲間と、これぞという好きな曲を歌いこんだもので、自由に楽しく赴くままに演じた名アルバムだ。
 技術陣もこのときは最高のメンバーが協力して、現在流行のハイレゾ化のテストで音源が使用されたほどだ。ビクターからハイレゾ作品として初期に発売されている。
 前田はジャズ仲間である猪俣猛や服部克久、中村八大、山本直純、近藤進らとともにさまざまな公演を行った。小さな会場でも催しがなされ、直接彼のピアノ演奏も聴いたことがある。フランク永井の曲はそこでは聴けなかったが、彼の演奏の見事さだけは耳から今も離れない。
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 宮城県松山市で開催された「第10回フランク永井歌コンクール・グランドチャンピオン大会2018」からおよそ1か月経過した。
 グランドチャンピオン大会での宮本アナウンサーの圧倒的な存在感を示した迷司会やさまざまなことが、今だ、強く印象に残っている。
 10月から11月にかけて、いくつかのメディアでフランク永井にちなんだ番組が組まれた。先に蔵出し映画として「青い国道」が放送されたことを報告した。再上映されることはないと思える珍しい映画だけに、大変貴重な映像を送ってくれた方々に感謝感謝。
 予告でも触れたがNHKラジオでは、今年もラジオ深夜便で特集を組んでくれた。今回は前半の2時台に「フランク永井ジャズ・ポップスを唄う」、3時台に「昭和歌謡往年の名歌手フランク永井作品集」と計2時間通しの大番組となった。桜井洋子アナウンサー。
 「ビンテージ・ポップス」としてフランク永井お気に入りの曲を満載している。下記のように、聴いているだけで浮き浮きとスイングしてしまう「オール・オブ・ミー」から始まった。
 「恋の気分」まで聞いてうれしい曲ばかりなのだが、深夜便ではライブから紹介しているのがいい。1971年発売の「歌手生活15周年のリサイタル」と、歌手として充実しきった21周年のリサイタル1977年「輝ける21年の足音」からのメドレー音源を採用している。
 評価の高いフランク永井のライブでのトークが途中に収まっている。

 01_オール・オブ・ミー 02_恋人よわれに帰れ 03_16トン
 04_夜のストレンジャー 05_二人でお茶を 06_ドリーム
 07_プリテンド/トゥ・ヤング/エニー・タイム/愛の賛歌/慕情
 08_枯葉/いつの日にか君に(Where The Blue Of The Night
  Meets Gold Of The Day)) 09_ワルツをあなたに
 10_フライミー・トゥ・ザ・ムーン 11_恋の気分で

 歌謡曲ではフランク永井の代表曲が選ばれているのだが、今年も1982(S57)年発売の「WOMAN」が入っているのが特徴だ。ラジオ深夜便では、嬉しいことに毎回のようにこの曲を取り上げてくれている。
 WOMANは今も現役で人気が途絶えることない山下達郎作品。ここ数年前からフランク永井のこの曲が人気急上昇中で、この深夜便でも取り上げたものと思える。
 ニューミュージックの騎手の代表的な一人である山下と歌謡曲、ムード歌謡のフランク永井がジョイントしてプロジェクトを続けるということは、当時大いに話題を呼んだものだ。
 フランク永井も人気のピークが低迷へ向かっていたことでもあり、山下と組んでこちらの分野に参入し、新たな分野へのかじ取りをするのか、とさえ思わせる大きなできごとだったともファンを驚かせた。
 相当な苦労があったようだ。以前に何度かこのあたりに触れているので参照のほどを。「夜のヒットスタジオ」で歌われたときには、山下の作品としてもそうだが、実力満開のフランク永井の素晴らしい歌唱が絶賛された。
 ただ演奏も歌唱の完成度をとことん突き詰め、フランク永井には初めてのポップスのリズムとビートには、乗りきるまで半端ではない集中が求められたと聞く。
 フランク永井は山下と2曲吹き込んだ。もう一曲は「愛のセレナーデ」。全面的に面舵を切り替えるには、周囲もファンも戸惑いと抵抗があったのかもしれない。難しい判断があったと思える。
 最終的にはLP「WOMAN」が発売されたのだが、フランク永井がカバーしたポップス系の曲を入れたものになっている。これはこれで、フランク永井の歌唱の広さを示したものとして、今でもレコードは珍盤として人気を得ている。

 01_有楽町で逢いましょう 02_場末のペット吹き
 03_東京午前三時 04_東京ナイト・クラブ 05_西銀座駅前
 06_恋さんのラブ・コール 07_君恋し 08_霧子のタンゴ
 09_妻を恋うる唄 10_Woman 11_公園の手品師
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 1959(S34)年はフランク永井が4本の映画に関係している。「らぶれたあ」「青い国道」「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しいんだ」、いずれも日活作品で出演・挿入歌を歌っている。
 当時の映画から、このたびスカパー衛星劇場(CS)の「幻の蔵出し映画館」として「青い国道」が放送された。まさに幻の蔵出しである。フランク永井フォンにとっては感激、感涙のこととして、この貴重な歴史的なフィルムの放送に感謝したい。
 当時のこうした娯楽の軽い映画は日本映画も変わり時で、モノクロ全盛時代。サイズもテレビでいう地デジ前の4:3に近いサイズが主流。それがカラー化、あるいは映画ワイド化(ビスタサイズ、シネマスコープ等)に変化する時期。「青い国道」は、モノクロ52分、シネマスコープ。
 フランク永井の歌「青い国道」は消してヒット作品ではなかったかも知れないが、映画が封切られた1959(S34)年2月に先行した前年11月にリリースされ散る。映画は、テレビの一時間ドラマサイズで、舞台は関門トンネルをはざむ門司港と下関。関門海峡を結ぶ連絡船で働く船乗りが大海洋を庭とする捕鯨船にあこがれる悲喜こもごもの人間ドラマだ。
 フランク永井はところどころで「青い国道」を歌っているのだが、同時に主役青山恭二の恋人堀恭子を好いているというトラック運転手を演じている。妙な設定だが、つっこんだらきりがなく、この時代の映画は黙って楽しむしかない。
 何か月も遠出をする船乗りに、夫の海難事故にあったことで反対する母。母役は寅さんで長くおばちゃん役を演じた三崎千恵子。ソーセージ工場で働く恋人の堀恭子も彼が遠洋漁業の船にのるのは嫌だという姿勢。それでも青山は遠洋航海へのあこがれは断ち切れない。血気盛んな若者はいつの時代もそうだ。
 これに親父と親しかった船長たちがからむ。うっかり青山はだまされて密出獄する犯罪人の手助けをしてしまいそうになる。それをたまたま見ていたフランク永井はすぐに警察に連絡。海上保安庁かどうかわからないが警備艇が数艘出動して、青山が拳銃でやられる寸前に悪漢たちは捕まる。
 当時の映画資料をみると協賛しているのは大洋漁業。フランク永井はそこのトラック運転手役。フランク永井はデビュー前には米軍の運送に関係し、大型トラックの運転をしていたので、お手のものだ。当時の工場回りばかりか、門司港や大和町漁港、火の山ロープウェイからの景観、下関水族館といった、今ではほとんど文化遺産ともいうべき当時の街の情景が映し出されている。街の風景では高いビルなどなく、遠くまで見通せる景観が、懐かしさを喚起する。
 1958(S53)年、関門トンネルが完成したばかりでそこを走るトラックを映すことで、この映画はうまく世に宣伝する役割を果たしている。ドラマの内容の表現かと最初は思っていたのだが「青い国道」というタイトルはこの関門トンネルをいいたかったのだ。国道2号線、有料のこの間は3.5キロが歌詞にある。
 ちなみに、この曲は作詞が吉川静夫、作曲が豊田一雄、編曲が佐野雅美。ビクター会制作となっている。ビクター会とは何ぞや。
 今ではドラマやCMが大きなプロジェクトとして作られ、その主題歌とか挿入歌、BGMとして歌が依頼制作されるということが多い。当時は「有楽町逢いましょう」がそうした歌だったが、同時に歌が先行して売れると、その歌からのイメージで映画がいくつも作られた。「青い国道」の映画公開の前年、1958年にフランク永井は8本の映画にかかわった。もちろん、この年は新譜吹き込みが40曲とかの状態で、各地での公演、ラジオ出演とほとんど寝る暇もない時期だった。それでも、わかいフランク永井はあのニコニコ顔でねもあげずにこなしたのだった。
 「津軽海峡冬景色」は石川さゆりが熱唱した名曲。これは青函航路の歴史を想起させる。本州と青森をつないだ連絡船はさまざまなドラマがあった。それも1988(S36)年に北海道へ乗り入れる青函トンネルを新幹線がつなぐことで、連絡船は途絶えた。鉄道線はすでにあったが「青い国道」で表現した関門トンネルは道路。2011年には新幹線がつながった。別項で紹介した「でっかい夢」では本州と四国をつないだ橋梁を歌った。日本が昭和の時代に九州、四国から北海道までつながったと言える。
 産業の発展をささえる重要な基盤としての道路や鉄道の整備。その推進と完成をたたえるのに、昭和の流行歌がかかわっていたことを伝える記録として、この「青い国道」は貴重なものである。
 この映画はあと2回の放送予定がある。21日と27日。環境のある方はぜひご覧ください。筆者もその環境がないのだが、いつも窮地を救っていただいているAさんから今回も録画を見せていただいた。こころから感謝を申し上げます。

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