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魅惑の低音歌手、フランク永井

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昭和7年(1932)3月18日松山町(現大崎市松山)に生まれ、18歳の頃から進駐軍のボーイやブルトーザーの助手などをしていました。

昭和27年交通事故にあい退職。療養中に丹下キヨ子司会の「素人ジャズのど自慢」を聴き、「おれももしかしたら」と意を決して出場。「マイベイビーズ・カミング・ホーム」で見事鐘を三つ鳴らしました。その後多くの、のど自慢に出場し、優秀な成績をおさめました。この頃同好の士としてよく顔をあわせたのが、水原弘や沢たまきでした。自信を得た彼はテストを受け、米軍キャンプのクラブ歌手となります。

◆昭和30年 日本テレビの「素人のど自慢」で、年一度のベスト1に選ばれ、日本ビクター社にスカウトされました。
◆同年9月「恋人よわれに帰れ」でデビュー。
◆昭和31年「場末のペット吹き」で歌謡曲に転向。その後、作曲家「吉田正」氏との出会いから、歌謡曲に対する考えや歌手のあり方など、多くを学び「東京午前三時」のヒットとともに、歌謡曲歌手として自負を持つようになりました。
◆昭和32年「夜霧の第二国道」、「有楽町で逢いましょう」とジャズのフィーリングを生かした独特の歌唱法で爆発的ヒットをとばし、"低音ブーム''を巻き起こし、都会的でモダンなフィーリングで大衆を魅了しました。
◆昭和34年「夜霧に消えたチヤコ」・38年「赤ちゃんは王様だ」でレコード大賞歌唱賞受賞。
◆昭和36年「君恋し」でレコード大賞受賞。
◆昭和46年に芸術選奨文部大臣賞を受賞。
◆NHK紅白歌合戦には昭和32年から昭和57年まで連続26回出場。
◆その他数々のヒット曲を生み、ビクターヒット賞や多くの奨励賞などを受賞しています。
◆平成20年10月27日 永眠(76歳)
◆平成20年12月 日本レコード大賞特別功労賞受賞。
◆平成21年3月 大崎市特別功績者第1号に認定される。

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